愛国心

 ACU2311 7/19 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート


「我が親愛なる臣民諸君、朕はルシタニア王国国王、即ち諸君の王、ルイ=アルマンである」


 ルシタニア国王は臨時首都の民を集め、その前で堂々と演説をしていた。貴族制が廃れて久しいゲルマニアの皇帝ですらしないようなことを、彼は平気で成し遂げているのだ。


 前座もなくいきなり登場した国王に、数万の民は驚きを隠せない。しかもこの様子は王国全土に中継されている。


「諸君の知っての通り、我が国の戦況はとても厳しい。ヴェステンラント軍は山脈の防衛線を完全に突破し、山脈の近くのいくらかの都市を攻め落とし、今やこのマジュリートにも迫っている。我が友邦ゲルマニアが命を賭して助けを送ってきてくれたが、それが着くのも間に合わないだろう。そして、まもなくこの都市は包囲されるだろう」


 民衆はざわめく。これまで秘匿されてきた戦況をいきなり知らされたのだから、こうなるのも無理はない。


「しかし、朕は逃げも隠れもせぬ! ルテティアを捨てた時の虚しさを、二度とは味わうまい! 朕は臣民諸君も同じ志を持つと信じる!」


 国王は意気揚々と訴えた。だが臣民は戸惑うばかりで、賛同の声はあまり聞こえない。


「陛下……やはりこんなことはお辞めになった方が……」

「朕に逆らう気か?」

「い、いえ、決してそのようなことは……」

「なれば黙っていろ」


 宰相を黙らせ、国王は演説を続ける。


「諸君、ルシタニアの建国よりおよそ800年、我々はルシタニアの歴史上最大の屈辱を受けている。2年もの間、我らの神聖なる大地はヴェステンラント人に汚された。ヴェステンラント人は我が物顔でルシタニアの土地を闊歩し、領主のごとく振舞っているのだ」

「そ、そんなことを言われては……」

「いいから黙っていろ」

「…………」

「諸君、我々は多くを奪われ、多くを失った。だが、この戦争で我々はあるものを得た。諸君、今こそ問おう! 我々は何人だ? 我々はどの国の民だ?」

「「ルシタニア人だ!」」「「ルシタニアが祖国だ!」」

「その通り! 我々は共にルシタニア人だ! ゲルマニア人でもない、ガラティア人でもない、ブリタンニア人でもない、ましてやヴェステンラント人でもない。我々はルシタニア人だ! 我々はルシタニアで生まれ、ルシタニアに育てられ、ルシタニアに守られてきた!」


 民衆も段々と惹かれ始めた。雲の上のような存在であった国王が、すぐ近くで必死の形相で声を張り上げている。信じられない光景だった。


「だからこそ我々は、ルシタニアを守らねばならない! ルシタニアは今危機に瀕している! 救えるのは我々だけだ! ルシタニア人しかルシタニアを救えないのだ!」

「「「おう!!!」」」

「今こそは諸君を友と呼ぼう! 我々は同じルシタニア人。友であり、兄弟である! 友よ、共に立ち上がろう! ルシタニア人の誇り、ルシタニア人の力をヴェステンラントの野蛮人どもに見せつけてやれ!」

「「「おう!!!」」」

「民は国家なり! 我らの意志はルシタニアの意志! 共に戦おう! 我々の意志は、ヴェステンラント人を滅ぼすだろう!」


 国王は手で何やら合図をした。すると同時に広場を囲む兵士が一斉に白い旗を掲げた。ルシタニアの白百合の国旗である。はためく数十の国旗は、街中から見えた。


「戦うのだ! 我々の力を示せ!」


 その日、マジュリートは民衆の大歓声に包まれた。


 2年もの間ヴェステンラントと死闘を繰り広げたルシタニア人は、あるものを得た。それは愛国心である。


 戦争は、漫然とルシタニアの土地に住んでいただけの民衆に、自らがルシタニア人だという意識を急激に芽生えさせた。戦争が長引くほどにルシタニア人の結束は高まり、既にゲルマニア人のそれをも凌駕するようになっていた。


 ゲルマニアも同じだけヴェステンラントとしのぎを削っているが、ゲルマニア本土が大きく占領されたのは短時間だけだ。今でも前線はゲルマニアとルシタニアの国境地帯で推移している。


 それが大きな違いを生んでいるのだろう。


 ○


「クッソ……なんだこいつら……」


 その日、赤の魔女ノエルに率いられたヴェステンラント軍はマジュリートを包囲した。そうして城門に突入しようとした訳だが、ルシタニア軍の反撃は激烈であり、とても突破出来なかった。


「まさか向こうから打って出てくるとは……」

「ああ、まったくだ」


 城門の前には数千のルシタニア兵の死体と、百ほどの魔導兵の死体が転がっていた。流れ出た血が地面を赤黒く染めている。


 しかもルシタニア兵はマトモな防具すらつけておらず、旧式の火縄銃だけを持っているような者が大半であった。それどころか銃の数が兵士の数より少ない気すらする。


「前は90万の兵士を動かしたんだったよな」

「はい。ノルマンディア会戦では、ルシタニアは90万を戦場に出しました」

「まったく、訳が分からん。どうなってるんだこの国は」


 全ての大公国を合わせても64万の兵士しかいないヴェステンラント合州国人の目には、一か所の戦場に90万の兵士を集めるルシタニア王国は異常としか映らない。


 戦争の前から異常だった動員力と、国民の結束。それらを同時に得たルシタニアは、どこまでも戦争を遂行するのだ。

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