到着
ACU2311 7/15 ブリタンニア王国 王都カムロデュルム
赤公オーギュスタンは戦場に出てすらいなかった。それどころか安全地帯のブリタンニア王都で焚き火に照らされながら本を読んでいた。
ヴェステンラント艦隊の旗艦に見えたのはただの飾りである。ちなみにこのことをヴェステンラントの大半の兵士は知らない。
「殿下、海戦に動きがありました」
「何だね、セシル?」
そして本の中の世界を楽しむ傍ら、ルシタニアの命運を左右する海戦の指揮をとっていたのである。
「包囲陣の外から正体不明の艦隊が出現し、我が艦隊に突撃してきています」
「それはそれは……その船は木製で、我が軍の軍船より低く、そして小さい。そうだろう?」
「はい。そのように」
「それはガラティアの船だ。どうしてそんな明らかなことも言わない?」
「それはその……ガラティア帝国は我々にこれ以上敵対的な行動を取らないと約束したばかりですし……」
ゲルマニア軍が領土を通過することすら許さなかったのだ。そんなガラティア帝国軍が直接奇襲を仕掛けてくるなど有り得ない。
誰もがそう思っている。
「それとこれとは話が別だ。ガラティア船であることは間違いなのであれば、躊躇わずに報告しろ」
「は、はい……しかし殿下は、こんな事態まで予測されていたのですね……」
「いいや?」
「え?」
ガラティア艦隊の襲撃は、オーギュスタンにとっても完全に予想の外にあったのである。
〇
ACU2311 7/15 ブリタンニア海峡
「この期を逃すな! 全艦突撃! 敵の包囲を食い破れっ!」
シュトライヒャー提督は決死の思いで命じた。
現れた謎の艦隊は、ヴェステンラント艦隊に対して突撃を始めた。物理的に。
船と船がぶつかり合い、あちこちから剣戟の音がして、そこら中で炎が上がっている。まさに大混戦だ。
何が何だか分からなかったが、シュトライヒャー提督は敵が混乱しているこのうちに脱出することを決めた。
「突撃!!」
仮装巡洋艦の堅固な船体を活かし、敵船を粉砕しながら突撃する。ヴェステンラント軍はロクな反撃も出来ず、ゲルマニア艦隊の突破を許した。ゲルマニア軍は辛くも危機を脱することに成功したのであった。
「彼らとの通信は出来ないのか?」
「それが……どう呼びかけても通じません」
ガラティア帝国との公的な通信で用いる周波数や、軍人同士が調整をする時に使う周波数など、知りうる限るにあらゆる方法を試した。しかしその艦隊には何も通じなかった。
「そうか……礼の一つでも言いたかったのだが……」
が、その時だった。
「向こうから通信です!」
「早く繋げ!」
向こうはこちらが通信で使う周波数を知っていたようだ。
「――それで……君たちは何者だ?」
シュトライヒャー提督はまず尋ねた。
『我々は、ブリタンニア王立海軍だ。貴殿らを助けに来た』
若い男の声が返ってきた。
「ブリタンニア? しかし君たちの船は……」
シュトラヒャー提督にもすぐに分かった。彼らの船がガラティア帝国の地中海艦隊のものであると。内海で運用する為に小型快速なのが特徴である。
『ああ。確かにこの船はガラティア帝国から借り受けた……いや、盗んだものだな』
「本当に何者なんだ……」
『申し遅れたな。私はブリタンニア海軍のウィリアム・アーサー・ネルソン子爵――或いは王国アトランティス艦隊司令官だ』
「ネルソン提督だったか……声では分からんものだな」
ネルソン提督とシュトライヒャー提督は、カレドニア沖海戦で共に戦った仲である。立派な戦友だ。
『そしてその声は……シュトラヒャー提督ですね?』
「ああ。その通りだ」
『確かに、声だけでは分からないものです』
包囲からひとまず脱出したゲルマニア軍とは違い、ネルソン提督は未だに混沌とした戦場の中にある。
にもかかわらず落ち着いていられるのは、流石はネルソン提督と言ったところ。彼は海軍国であるブリタンニア王国でも指折りの将軍なのだ。
「それで、君たちは何なんだ? どうしてガラティアの船がブリタンニア海軍と?」
『先程も申し上げたことです。我々はガラティア帝国に亡命し、そのスルタンからいくらかの船を頂きました。それを我々は……奪ったことになりますね』
「そうか……まあ、詳しくは今は聞かん」
『ええ。あなた方は早くルシタニアに向かってください』
「しかし、君たちは……」
『我々なら大丈夫です。今はとにかく、自分のことを優先して下さい』
「――分かった。ありがとう。そして武運を」
援軍のことまで構っていられるほどの余裕はない。ゲルマニア大洋艦隊はルシタニアへ向けて一直線に針路を取った。
○
ACU2311 7/15 ルシタニア王国 ポルトゥス・ウィクトリアエ
南ルシタニアで最大の港町、ポルトゥス・ウィクトリアエ。鉄の船団がその港に入った。薄鈍色の艦隊は、それ以外の木造帆船と比べれば極めて特異なものであった。
ルシタニアの民衆がその艦隊を一目見ようと集まっている。
「そうか……あの男ならやってくれると思っていた。ブリタンニア人も捨てたものではないな」
そんな中、埠頭に立つ顔を白い布で覆った少女は呟いた。
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