ブリタンニア海峡海戦Ⅳ

 魔法の力を借り、不自然な動きで舷側から接近してくるヴェステンラントの軍船。その上には白兵戦の用意を整えた数百の魔導兵が並んでおり、敵船に乗り移る為の装置も設置されている。


 対してゲルマニア軍は舷側に同じくらいの兵士が列をなして銃を構える。


「総員、撃て!」


 甲板上にいる兵士は、魔導装甲を纏っている以外は丸裸も同然だ。銃弾を防ぐものはない。


 機関銃、小銃から放たれた銃弾はヴェステンラント船の甲板に豪雨のごとく飛来し、魔導装甲と言えどいとも簡単に粉砕していく。


「敵も撃ってきます!」


 ヴェステンラント軍もほとんど同時に魔導弩で反撃を開始した。ゲルマニアの銃とヴェステンラントの弩では射程はほとんど同じである。しかし決定的な違いがある。


「構うな! 撃ち続けろ!」


 ゲルマニア軍は銃を舷側に立てかけ、匍匐しながら射撃を行うことが出来る。しかし弩でそれをやるのは不可能だ。無理やりやったとしても、実用的な速度で矢を番えることは出来ない。


 結果、体をほんの僅かしか出していないゲルマニア軍と体をさらけ出しているヴェステンラント軍では圧倒的な損害の差が生じる。魔導装甲がなければ一方的な虐殺になっていたことだろう。


 しかし、ヴェステンラント軍も頑なであった。


「奴ら……損害というものをまるで度外視してるな……」

「そのようですね……」


 甲板上には百を超える死体と傷を負った兵士が倒れている。足の踏み場も侵されるほどだ。死屍累々とはまさにこのこと。しかしヴェステンラント船はそんなことをまるで気にせず、全速力で接近してきた。


「何が何でもこの船を奪う気か」

「どうされるのですか……?」

「受けて立つしかないだろう。総員、機関短銃用意! いつでも持ち替えられるようにしておけ!」


 そしてガレオン船は仮装巡洋艦に真横から衝突した。仮装巡洋艦は無事だが、ガレオン船の船体はいくらか砕け落ちている。


 そして甲板上に立てかけられていた橋状の構造物が落とされ、ガレオン船と仮装巡洋艦の間に歩いて渡れる道を作った。橋は思いのほか頑丈であり、簡単に壊せそうではない。


 次いで、ヴェステンラント軍がかけたその橋から、次々と魔導兵が雪崩れ込んできた。


「来るぞ! 機関短銃を使え!」


 シグルズは大声で号令しつつ、こちらから橋に乗り込み、匍匐して機関短銃を構えた。そして団子のように連なっている魔導兵に向けて引き金を引く。ゲルマニア兵たちもそれに続いた。


 先頭の魔導兵がたちまち倒れ、後ろに続いていた何人かの魔導兵ともども転がり落ちた。しかしヴェステンラント兵はなおも怯まず、次々と兵士を送り込んでくる。


「クッソ……やる気に満ち溢れ過ぎだろう……」

「師団長殿! このままでは!」


 十数人程度では押さえきれず、魔導兵はすぐそこにまで迫った。


「ああ。下がれ! 甲板で応戦する!」

「はっ!」


 橋から飛び降りれば、残りの兵士が橋の出口を囲むように即席の陣地を作り、機関短銃を構えている。シグルズらはその中に飛び込んだ。


 その時、一番乗りの魔導兵が橋から姿を見せ、仮装巡洋艦の甲板に飛び移った。


「撃てっ!」


 が、彼の運命はそれまでであった。四方から銃弾を浴び、一瞬にして彼は死んだ。少々やり過ぎたか、大量の血が死体から染み出して、シグルズの足元にまで流れ込んできた。


「――まあいい。この船に踏み込んだ者に与えるのは死だけだ!」

「「おう!!」」


 敵はゲルマニアの全ての船に移乗攻撃を仕掛けたが、その全ては完全に撃退された。しかもゲルマニア側の損害は百名にも満たなかった。


 しかし、まだ終わりではない。


「次の敵船が接近してきます!」

「……この泥沼をどこまでも続けようとでも言うのか?」

「そ、それは……」


 敵はまだまだ余力を残していた。ゲルマニアが撃退したのは第一波に過ぎない。


「それと、師団長殿、先程の戦闘で機関短銃の弾薬を20パーセントほど消耗してしまいました……」

「そうだよなあ……」


 ここまで熾烈な白兵戦を行うことは想定されていなかった。拳銃弾はそう大量に運んで来てはいない。


「このままだと押し切られる可能性が……」

「クッ……」

「敵船が接近!」

「仕方ない! 迎撃する!」


 弾を使わない訳にはいかない。いくら節約しようとも弾は着実に減っていった。


「敵船、退いていきます!」

「残り弾数、およそ20パーセント!」

「もう、持たないか……」


 第四波を撃退した頃、拳銃弾はついに残りが20パーセントにまで減ってしまった。小銃弾も思いの外消耗が激しく、残り半分ほど。


「次、来られると……」

「ああ……」


 シグルズは全力で思考した。だがこの状況をどうにかする手など思いつかなかった。決死の覚悟で敵艦隊に突撃しようとも、それこそ四方八方から敵兵に乗り移られて終わりである。


 仮装巡洋艦はこの状況に対してあまりにも無力であった。


「何か……何かないのか……」

「師団長殿……」


 が、その時だった。


「師団長殿! あれを!」

「あれ?」


 兵士が指差す方を見る。


「あれは……ガラティアの船か……?」


 包囲網の外から、ゲルマニアのものでもヴェステンラントのものでもない艦隊が迫りくるのが見えた。

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