ブリタンニア海峡海戦Ⅲ

 ACU2311 7/17 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート ガラティア帝国公使館


「ああ……あの無能のイブラーヒーム……! なーにが『平和的』だ……! 私が警告したのはそういう意味じゃないだろ……! それにスレイマンもスレイマンだ! 陛下がおっしゃったからと言って、 何も意見しないとは……! やはり偵察など不死隊に任せて私は帝都に残るべきだった!」


 ガラティア帝国の公使館で、顔を白い布で覆った不死隊長ジハードは、足音をがつがつと立てながら廊下を歩きまわっていた。


 彼女としてはヴェステンラントと戦争に乗り出すように帝都に進言したつもりだったのだが、帝都の首脳部はヴェステンラントに全力で遠慮する選択をしたのである。


 彼女は非常に苛立っていた。


「え、あ、あの……」


 気づくと、目の前にすっかり困惑した警備兵が立ち尽くしていた。


「あ、いや、その……忘れろ」

「あ、はい……」


 互いに苦笑いしながら、警備兵は仕事に戻り、ジハードは執務室に向かった。彼女はヴェステンラントの偵察とルシタニアの内偵の為にはるばるルテティアまでやってきた訳だが、名目上はガラティア大使ということになっている。


 まあガラティア帝国の親衛隊である不死隊の隊長が大使になる訳などないのだが、この非常事態下においてはそんなこと誰も気にしてはいない。


「――誰だ?」


 その時、ジハードに通信が入った。


「――ああ、そうか」

「――いや、私としても感謝している。君に頼らざるを得ないとは……我が帝国も落ちぶれたものだ……」

「――ああ。よろしく頼む」


 ○


 ACU2311 7/17 ルシタニア王国 ブリタンニア海峡


「迎え撃て! 奴らを近づけるな!」

「はっ!」


 仮装巡洋艦は全力で砲撃を開始した。密集した敵艦隊に向かって撃てば、照準が大雑把でも大体命中する。その主砲は次々と敵のガレオン船を沈めていった。


 8センチ砲の威力は圧倒的であり、ヴェステンラントの魔導弩砲では比べ物にもならない。だが、あまりにも数が足りなかった。


「閣下! 仮装巡洋艦では敵を食い止められません!」

「クッソ……やはり片舷6門にしておくべきだったか……」

「そうだったところで、この艦隊を相手取るのは無理でしょうね……」

「ぬ……」


 こちらの主砲は実質的に6門しかない。しかも1発を装填するのに2分以上かかる代物である。加えてその砲弾が全て命中するという訳ではない。


 こんな主砲だけで100隻を超えるヴェステンラント艦隊を食い止めるのは不可能だ。


 彼らは一直線にゲルマニア艦隊に突撃してきている。


「閣下! どうされますか!?」

「昔と変わらん接近戦しかないか……甲鉄戦艦、全艦戦闘用意!」


 懐まで入られれば仮装巡洋艦は役に立たない。甲鉄戦艦の旧式大砲で戦う他に道はない。


「閣下、一ついいですか?」


 シグルズはシュトラヒャー提督を呼び止めた。


「何だ?」

「敵は恐らく、移乗攻撃を仕掛けてくると思われます」

「確かに、それも考えられるな……」


 甲鉄戦艦でも防御力ならヴェステンラント艦隊に十分対応出来る。つまりは魔導弩砲が効かないということであるから、敵が兵士を乗り込ませて船を制圧しようとする可能性は高い。


「よし。白兵戦の指揮は君に任せる。元より地上部隊の最高司令官なのだからな」

「はっ」


 敵艦隊は凄まじい勢いで接近し、たちまち仮装巡洋艦の射程の内側にまで入られてしまった。それと同時にヴェステンラント艦隊は左右に分かれ、輪形陣を組んだゲルマニア艦隊を完全に包囲した。


 ゲルマニア艦隊は全砲門を外側に向けて応戦を開始。ヴェステンラント艦隊も包囲網の中に無数の巨大な矢を撃ち込んだ。砲弾と矢の応酬である。


 しかし、ヴェステンラントの矢は甲鉄戦艦の装甲に阻まれ、ゲルマニアの炸裂弾が吹き飛ばした船体はたちまち魔法で修復される。一向に進展のない、ただ資源を浪費するだけの戦いであった。


 その時、ついに業を煮やしたのか、ヴェステンラント軍は次の動きを見せた。


「師団長殿! 敵の魔女です!」

「全艦、対空戦闘!」


 空には千を超える黒い巨鳥。四方八方からヴェステンラントのコホルス級魔女が飛来した。


 しかし各艦には対空機関砲が積めるだけ積んである。対空砲火の濃密さはカレドニア沖海戦の時とは比にもならないだろう。


 耳がおかしくなりそうな轟音が艦隊を覆う。そして無数の砲弾が魔女たちを襲った。


「よし。いい感じだな」


 コホルス級はそもそも装甲が薄い。対空機関砲ならば2、3発当てるだけで撃墜出来る。彼女らは次々と墜落し、海に沈んでいった。


「敵コホルス級魔女、撤退していきます!」

「よくやった。……で、次はどう来る……」


 空から押し寄せることには失敗した。であれば、次は船をぶつけて直接兵士を送り込んでくるだろう。


「全艦、白兵戦に備えよ! 敵が来るぞ!」


 舷側に兵士が集まり、機関銃と小銃を構え、敵の襲撃を待った。空気が張り詰める。


 そしてついにヴェステンラントは動いた。


「敵艦、接近してきます!」


 ヴェステンラント艦隊は一斉に包囲を狭め、大洋艦隊に止めを刺しにかかった。

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