ブリタンニア海峡海戦Ⅱ
「ど、どうされますか……閣下……?」
「どうするってったって……決まっている。全艦戦闘配置! 輸送船の防衛を優先し、輪形陣を組め!」
選択肢はない。戦う。ただそれだけである。
この大洋艦隊だが、全ての船が装甲を持っている訳ではない。装甲を持っていない、つまりほぼ完全な木製である輸送船が8隻ばかり混じっている。一応昔は主力艦として扱われていた一等戦列艦ではあるが、戦闘で役に立たないのは明らかだ。
仮装巡洋艦を真正面に、輸送船以外の艦は輸送船を取り囲むような輪形陣を組んだ。あくまでこの艦隊の目的は兵士を運ぶこと。敵を殲滅することではない。
と、その時。
「閣下! 敵軍から通信が入っております!」
「何? ……取り敢えず繋げ」
そうして通信に応じると、渋い男の声が聞こえてきた。
『聞こえているか? ゲルマニアの諸君』
「ああ。お前は?」
『我が名は、ヴェステンラントが七大公の一人、赤公オーギュスタン・ファン・ルージュ』
「私はゲルマニア大洋艦隊司令長官のシュトライヒャーだ」
『お互いに最高司令官同士だ』
オーギュスタンは楽しそうに言う。
「それで、何の用だ?」
相手は大公とは言え、敵国の人間である。わざわざ敬意を払う必要などない。
『二つの軍勢が相対し、しかしその力の差は歴然だ。そこで将軍が呼びかけることは、一つしかないのではないか?』
「降伏を呼びかけたいとでも?」
『そうだ。諸君の矮小な艦隊を相手にしても何も面白くない。とっとと降伏した方が、お互いの為というものだ』
何も包み隠さず、単刀直入に降伏を迫るオーギュスタン。その姿勢はむしろ清々しいとも言える。
その言葉を聞いて、通信機の回りの数十人は息を呑んだ。
「――オーギュスタン殿下、少しは考える時間をくれはしまいか?」
『いいだろう。5分以内に決めろ』
それだけ言って通信は絶たれた。さて、5分以内に結論を出さねばならない。
「シグルズ君、どう思う?」
一応この艦隊で二番目の地位を持っているシグルズに、シュトライヒャー提督は尋ねた。
「答えは決まっているでしょう。降伏などあり得ません」
「まあそうなるよな……。だがどうする? オーギュスタンの言うように、流石の仮装巡洋艦とは言っても、これだけの艦隊を相手取れるとは……」
「確かに、正直に相手をしていたら勝ち目はないでしょう。ですが、我々は何とか逃げ切れればよいのです。敵に一時的な混乱を生じさせられれば、それで満点なのです」
「なるほど……それはそうかもしれんが……」
「まあつまるところ、敵の旗艦、即ちオーギュスタンを叩けばよいのです」
「そうか……今の我々にはそれも出来るのか!」
シュトライヒャー提督は急に生気を取り戻した。と言うのも、敵艦隊の中央後部には明らかに装飾過多な大型船が浮いており、それが旗艦ですと言っているようなものだからだ。
仮装巡洋艦の登場までは敵艦隊の奥深くの旗艦を叩くには敵艦隊を撃滅する必要があったが、そんな必要はない。敵艦隊など無視し旗艦だけを砲撃すればいいのである。
「よし。向こうに通信だ」
「は、はっ!」
シュトライヒャー提督は意気揚々としてオーギュスタンに通信をかけ直した。
『それで、結論は出たのか?』
「ああ。我らは一歩も退きはしない。最後の一兵となるまで戦うだろう」
『そうか。まったく、諸君らの目的は我々と戦うことではないだろう』
「――何のことだ?」
『ただの愚痴さ。さて、では楽しもうじゃないか、シュトラヒャー提督?』
そしてまた通信は切れた。
「よし! 作戦開始だ! 仮装巡洋艦、全速前進!」
蒸気機関を全力で回し、2隻の仮装巡洋艦はヴェステンラント艦隊に向かって突撃を始めた。
ヴェステンラント艦隊はそれに驚いたか動こうとしない。
「敵は動揺しているようですね……」
「当然だろう! 遠距離砲、射撃用意!」
そしてついに敵の旗艦が射程に入った。
「閣下! 敵大型船、射程に入りました!」
「よし! 撃て! 必ず沈めよ!」
敵艦隊の頭上を2つの砲弾が飛翔する。そして砲弾は敵旗艦に見事命中した。驚くべき幸運である。
「敵大型船、撃沈! すごい速さで沈んでいます!」
「よっしゃー!! ……す、すまん」
「いえ、皆で喜ぶべきことですよ、閣下」
敵の装飾過多の大型船は前半分を失い、海の藻屑と化した。
「しかし閣下、喜ぶのは30秒以内で。我々はすぐに動かねばなりません」
敵の旗艦が一撃で沈められたのを見ても、シグルズは極めて冷静であった。地球の歴史で戦列艦が蒸気船の登場とともに一瞬で廃れた歴史を知っているからであるが。
「そ、そうだな。全艦、全速前進! 敵が混乱しているうちに海域を離脱する!」
敵は動かない。敵が統率を取り戻す前に逃げ切らねばならない。仮装巡洋艦を先頭に、ゲルマニア艦隊は全速力でヴェステンラント艦隊を横切ろうとした。
が、その時だった。
「敵艦隊が接近してきます!」
「な、何だと……」
敵は何事もなかったかのように、全艦隊が揃って前進を始めた。とても最高司令官が死んだとは思えない。
「まさか……オーギュスタンは生き延びたのか……」
「し、しかし……あの状況から生還することが可能だとはとても……」
オーギュスタンが死んだのか否かは定かではない。しかし敵に何の混乱も発生していないことは明らか。シグルズの計画は完全に失敗に終わったのだ。
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