ブリタンニア海峡海戦
「着弾!」
「どうだ……?」
船をも覆い隠すほどの水しぶきが上がった。着弾の瞬間には成果は分からない。
「――至近弾です! 命中はしていません!」
「照準を調整し、再度砲撃せよ!」
流石に最初の一発から命中させることは出来なかった。今回の射撃で照準のずれが分かったから、それを調整する。もっとも主砲は動かせず、船ごと前後させることで調整するという荒業であるが。
「主砲、装填を完了!」
「うむ。撃て!」
再度の砲撃。10秒ほどの間が開き、再び敵船の付近に着弾した。
「今度はどうだ……」
「命中! 命中しました!」
「おお、素晴らしいぞ」
2回目の斉射にして1発が命中した。かなりの幸運である。
「それで、敵船はどうなった?」
「あれは……敵船は真っ二つに折れ、沈みました!」
「何と……本当か?」
「間違いありません! たった今、撃沈しました!」
かつてゲルマニア軍が数十発の砲弾をぶち込んでも沈む気配すら見せなかったヴェステンラントの軍船。それがたった一発の砲弾で沈むのである。
船体は無残に引き裂かれ、浮力を失った木材の塊は急速に水面の下に消えていった。流石のヴェステンラントの魔女でもこの船を救うことは出来まい。
これは両軍にとって極めて重大な事実だ。
「どうやら、大口径の主砲を少数だけ搭載するという発想は、正しいようだな」
「お分かり頂けたようで何よりです」
これで戦艦の構想が正しいことが証明された訳である。シグルズとしては願ってもないことだ。
「しかし……この8センチ砲でもこれなのだ。君が提案している15センチ砲というのは……いささか過剰ではないか?」
仮装巡洋艦の主砲はあくまで列車砲を転用しただけのもの。シグルズの構想では、この倍程度の口径を持った砲を6門装備することになっている。
しかし8センチ砲が敵船を一撃で破壊出来た以上、そんなものは要らないのではないかと、シュトライヒャー提督は言う。
「まだ判断するには早計かと。偶然に敵の急所に命中しただけかもしれません」
「それもそうか……」
その時、仮装巡洋艦の砲手が提督に具申をしに来た。
「――何だ?」
「閣下、この距離だと命中はあまり望めません。敵に接近してはどうでしょうか?」
実のところ、最初に命中して以来、一発も命中弾を出せていない。
「なるほど……よかろう。主砲側の都合に合わせて船を動かしても構わん。好きにやってくれ」
「はっ!」
仮装巡洋艦は前進を始めた。次は中距離砲の射程に敵が入るまで進まねばならない。
「この間は攻撃出来ないというのは煩わしいな……」
「やはり砲塔は必要ですね」
「そうだな。旧来の設計思想では無理がある」
主砲を前後左右と上下に自在に動かす砲塔。それは必要だというのは、シュトライヒャー提督も認めるところである。
「中距離砲の射程に入りました!」
「よし。撃ち方始め!」
砲撃が再開される。数回の斉射で照準を調整すると、まもなく命中弾が出た。
「今回はどうだ……?」
「沈んではいません!」
「そうか……」
今回は一撃で沈めることは出来なかった。やはり先程のことは偶然だったのだろう。
「しかし閣下、敵船を見てみてください」
光学の魔法で敵船を眺めていたシグルズは、シュトライヒャー提督に双眼鏡を差し出した。魔法で瞬時に作り出したものである。
「あ、ああ…………これは……」
シュトライヒャー提督は言葉を失った。
確かにヴェステンラントの船は沈んではいなかった。だがその船体は前半分がすっかり消滅し、船としての形は保っておらず、一応は浮いているだけという有様である。
「一撃で沈めることこそ出来なかったが……ほとんど沈んだようなものだな、あれは」
「はい。しかし、ガレオン船でこれなのです。大八洲が確認したという大型船が相手では、威力が足りないかもしれません」
「確かにな……まあ、今更戦艦に文句を言うつもりはない」
ヴェステンラントの魔導戦闘艦。通常のガレオン船の数倍の巨艦を撃沈するには威力が足りないかもしれない。
その後、仮装巡洋艦は砲撃を続け、敵船を撃沈、ないし大破させていった。
「閣下、敵が逃げていきます!」
「今頃か……まあ、威力の実験は十二分に出来た。逃げるのなら放っておけ。我々はルシタニアへと急がねばならん」
4隻が沈むか戦闘不能になった頃、敵はようやく逃げることを選択した。これ以上戦う意味もないと判断したシュトライヒャー提督は、ルシタニアへと急ぐことを選んだ。
「後はこのまま何事もなければいいですが……」
シグルズは暗い声で言った。
「怖いことを言わないでくれ……」
「まあ、敵はこの戦闘で仮装巡洋艦の力を理解したはずです。迂闊に襲い掛かっては来ないでしょう。それに我が軍の蒸気船はヴェステンラントの帆船よりも遥かに高速で、ヴェステンラント海軍が追いつくことも出来ません」
今回はたまたま前に敵がいたから交戦しただけだ。ヴェステンラントがゲルマニア艦隊に追いつくことは不可能である。
警戒は促しつつも、シグルズはこのまま目的地に到着出来ると思っていた。だがその希望はすぐさま打ち砕かれることとなる。
「閣下! 前方に敵船団を確認しました!」
「今度は何隻だ?」
「そ、それが……50……いや、100を超えています!」
「は……?」
そこには敵の主力艦隊がゲルマニア艦隊を待ち構えていたのである。
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