仮装巡洋艦計画Ⅱ

「――え、私ですか?」

「そういうことだ。ダキアに行って来てくれ、クリスティーナ所長」


 ヒンケル総統はシグルズからの申し出と要請をクリスティーナ所長に伝えた。


「りょ、了解しました。輸送艦の準備が出来たら行きます」

「うむ。忙しいだろうが、頑張ってくれたまえ。ただでさえ無理を言っているところ、我々の都合で東部方面軍に迷惑はかけたくないからな」

「はい……」


 そうして全ては凄まじい速度で進展した。たったの2日で3万の部隊が用意され、何の武装もなかった輸送艦が一応は戦闘艦艇に早変わりした。


 労働省としての仕事を終えたクリスティーナ所長は平常の業務を部下に任せてダキアに向かった。それと交換にシグルズは帝都に舞い戻った。今回はヴェロニカもオーレンドルフ幕僚長もナウマン医長もいない。一人だけである。


 ○


 ACU2311 7/15 神聖ゲルマニア帝国 メーラル公国 ヘーゼビュー軍港


 ゲルマニアの大陸部分の北端。地球で言うとデンマーク当たりに、帝国で最大であり、帝国政府直轄の軍港――ヘーゼビュー軍港がある。30年前の戦争でメーラル公国から奪ったものではあるが。


「これが今回の艦隊ですか……」

「ああ。これが、我が海軍の用意出来る最高戦力といったところだ」


 大洋艦隊司令長官のオイゲン・フォン・シュトライヒャー提督は言った。カレドニア沖海戦での大敗北以来、彼の影響力は甚だしく低下していたが、海軍が主役となる今回の作戦でやっと存在感を出せた形だ。


「この20隻ばかりの艦隊が……ですか……」

「……そうだ」

「あ、すみません」

「いや、いいんだ。全て私の責任だからな」


 カレドニア沖海戦でゲルマニア海軍はほぼ壊滅した。それから全力で再建に取り組んでいるものの、この2年あまりで用意出来た艦隊はこれだけである。


「だが、これだけは言わせてくれ。確かに船の数は少ないが、ここにある甲鉄戦艦や輸送艦は、既存の戦列艦100隻を以てしても撃沈出来ない最新鋭艦だ。戦前と比べても、我が艦隊の戦力は十分に回復している」


 結局戦列艦をいくら建造したところで意味はない。なれば甲鉄戦艦や輸送艦の建造に全力を投じるべきだ。数百隻の艦隊と比べれば見た目は甚だ見劣りするが、中身は詰まっている。


 見栄よりも実質を優先したシュトライヒャー提督の判断は正しいものだと言えるだろう。


「もっとも、戦艦の建造を取り止めればもっと甲鉄戦艦を作れるのだが……」

「それは……」


 シグルズは苦笑いをして誤魔化した。戦艦の建造を提唱したのがシグルズなのだから、気まずい雰囲気になるのも当然だ。


「まあいい。戦艦なるものがいかに有力であるかは、今回の作戦で少しは分かるかもしれん」

「……そうなれば嬉しいです」


 総統を納得させてこぎ着けた戦艦の建造だが、それに納得していない者も多い。大洋艦隊司令長官もまだ半信半疑であった。


 しかし今回の列車砲を搭載した輸送艦は、少数の大口径砲を搭載するという意味では戦艦の設計思想に近しいものである。これが十分な威力を持つと証明されれば戦艦の計画に納得する者も増えよう。


「ところで、この船の名前とかってないんですか?」

「名前?」

「はい。鉄製の輸送船ですが、今のままでは呼びにくいかと」

「ないな。そして確かに呼びにくい」


 毎回毎回「武装した鉄製輸送船」と言うのは面倒だ。もっと直接的な名前が欲しい。


「では、どういう名前がいいと思う?」

「仮装巡洋艦、ではどうでしょう」

「仮装巡洋艦か……いいだろう。取りあえずはそう呼ぶことにするか」


 元はと言えば、地球で商船を改造して作られ、通商破壊などを行っていた艦艇の名前である。戦闘用ではないものを無理やり改造したこの船にはぴったりの名前だろう。


「閣下、全部隊の乗船が完了しました」

「よろしい。大洋艦隊はこれより30分後に出撃する!」

「はっ!」


 大洋艦隊と名前はあるが、ゲルマニアで唯一の艦隊である。陸上部隊の司令官はシグルズであるが、この艦隊自体はシュトライヒャー提督が指揮を執ることになっていた。


 ○


 ACU2311 7/17 ブリタンニア海峡


「前方に敵船を視認!」

「距離、およそ40キロパッスス!」

「全艦戦闘配置!」


 予想通り、ブリタンニア海峡で敵船で遭遇した。この世界の兵器ではこの距離で交戦することは出来ないが、準備に時間がかかるゲルマニアの船は戦闘の用意を始めるべきだ。


「敵は6隻……哨戒艦隊と言ったところか」


 遭遇したのは小規模な艦隊。海峡を警備している艦隊で、ゲルマニア艦隊と戦うために差し向けられたものではないだろう。


 それでも敵は魔法の粋を凝らした軍船。油断は出来ない。仮装巡洋艦の主砲を試す意味でも、ここで敵を撃滅しておくべきである。


「このまま全速力で距離を詰め、敵を撃滅する!」


 シュトライヒャー提督は敢然と命じた。蒸気機関が全力で唸り、艦を押し進める。


「距離8キロパッスス! 遠距離砲の射程圏内です!」

「よし! 撃て!」


 まずは最も遠くを狙うように配置した2門の主砲が火を噴いた。艦隊を爆音が包み込み、黒い煙が立ち上る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る