仮装巡洋艦計画

「という訳だが……どうだね、クリスティーナ所長?」


 ヒンケル総統は、相変わらず白衣を着ているクリスティーナ所長に尋ねた。戦艦の建造を主導する彼女こそ、この国で最も輸送艦に詳しいのである。


「はい。ええ……まあ結論から言えば、不可能ではないかと」

「ほう」

「Ⅲ号列車に取り付ける予定の列車砲が12門ほど第二造兵廠にありますので、これを輸送艦に載せれば、一応は戦闘艦艇になります」

「技術的には不可能ではないということか……」


 もっとも、本当に載せるだけである。戦艦のように自在に砲を動かせる訳ではない。その点では、船体が鉄製であり大砲が数倍の大きさになっていることを除けば、旧来までの戦列艦とほぼ同じ構造である。


 また対空砲などについても、文字通り甲板の上に並べるだけである。まあこれらは地上でも十分な成果を残しているから、大した問題ではあるまい。


「ということは、敵船を照準することはほとんど不可能であるということかな?」


 ザイスインクヴァルト司令官はクリスティーナ所長に尋ねた。


「ええ、そうなります。一度砲身を固定すれば、それを動かすことはほぼ不可能です」

「交戦距離が固定されるということか」

「その通りです」


 遠距離を狙うように砲身を固定すれば、近距離では使いものにならなくなる。逆も然り。


「やはり、無理がある作戦なのか?」

「いいえ、総統閣下。砲身を動かせないならば、遠距離を狙う砲と近距離を狙う砲をそれぞれ置けばよい話です」

「瞬間的な火力は減りますが、妥当な方法ですね」


 方舷の3門で同じ船を同時に攻撃することは出来なくなる。とは言え、ゲルマニアの列車砲は塹壕を一撃で吹き飛ばすほどの威力を誇る。


 自衛の為だけならば何とか実用に耐えうるだろう。


「分かった。戦況は刻一刻と変わっており、我々に猶予はない。よって現時刻より、ルシタニア派遣軍の準備を開始する。クリスティーナ所長、準備にどれほどかかる?」

「ただ列車砲を載せるだけなら、2日ほどです」

「よし。では、ザイスインクヴァルト司令官は戦車と部隊の用意を2日以内で済ませよ。カルテンブルンナー君も力を貸してやれ」

「承知しました」

「親衛隊にお任せを、我が総統」


 派遣軍の構成についてだが、こちらも装甲列車をメレンに届けた時と同じく、数合わせの為に親衛隊を使う。もっとも、今回は半分以上が西部方面軍の兵士となる予定だ。


「それと、兵士を運ぶには輸送艦が2隻では足りないだろう。シュトライヒャー提督、甲鉄戦艦も全て出せ」

「はっ。出し惜しみは致しません」


 甲鉄戦艦も、火力はないが耐久力は十分にある。先の開戦ではレギオー級の魔女2人にたかられたから大破炎上したのであって、決してヴェステンラントのガレオン船に負けた訳ではない。


 クロエもノエルも海峡にはおらず、仮にいても今のゲルマニア軍には対空機関砲がある。万が一にも沈められることはあるまい。


 こちらに兵士を乗せ、輸送艦には戦車を載せて、2個師団、約3万名をルシタニアに派遣する予定だ。


「ルシタニアを救うことは、我が軍にとって最重要の課題である。各自、あらゆる職務に優先し、ルシタニア遠征軍の支度を整えよ」


 かくしてゲルマニアは総力を挙げて遠征軍を送り届ける用意を始めた。


 〇


 ACU2311 7/12 ダキア大公国 メレン


 総統からの直接通信を受けてオーレンドルフ幕僚長を派遣することにしたシグルズであったが、少々考え直していた。


「どうした、師団長殿? 私は師団長殿の部下だ。命じられればどんなことでも遂行するぞ」

「いいや、そうじゃないんだ。君にやってもらうことに不安はないんだが……やっぱり僕が行った方がいい気がしてね」

「それは不安ということではないのか?」

「――まあ、そういうことになるかもな。君は今のところ幕僚長でしかない。君の采配には何の不安も感じないけど、3万の軍を指揮するとなると、不満を持つものもいるかもしれないと思ったんだ」


 帝国軍はその将兵の全てが皇帝と帝国に忠誠を誓っている訳ではない。まあ名目上はそういうことになっているが、実際は自分の権力に固執する者が多い。オーレンドルフ幕僚長が3万の軍団を率いるとなれば、妬む者は多いだろう。


「私はその程度のことなど気にしないが……」

「いや、ここはやはり僕が行くべきだろう」

「しかし、それでは東部方面軍の補給がもたない。師団長殿がここを離れるわけにはいかないだろう」

「そうと決まったわけじゃない。別に僕しか線路を作れないと決まっている訳ではないだろう」

「それはそうだが……」


 シグルズだけが線路を作っているのは、シグルズが無限に魔法を使えるからである。


 ゲルマニアが擁する数少ない魔導士でも線路を作ること自体は難しくないが、万が一にも途中でエスペラニウムが切れた場合、貴重な装甲列車を打ち捨てる羽目になるだろう。


「大丈夫だ。最近はダキア軍の襲撃も少ないし、線路も少しずつだが確実に伸びている。僕がいなくても何とかなるさ」


 つまるところはオーレンドルフ幕僚長に線路の敷設をやってもらいたいのである。


「しかし……」

「ヴェロニカにも手伝ってもらおう。それと、クリスティーナ所長も呼び出しておこう。それくらいはしてもらわないとな」

「わ、分かった。師団長殿がそう言うなら、努力しよう」


 という訳でやっぱりシグルズが遠征軍の司令官になる方針となった。

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