ガラティアとの交渉

「それではシグルズ君に来てもらうのは一先ず諦めることとしましょう。東部方面軍に何とか出来ないかと要請はしておきますが」

「分かった。しかし、そうなると誰を送るべきだ?」

「少なくとも戦車戦の経験のある――そう、オーレンドルフ幕僚長に来てもらいましょう。彼女は第88師団の幕僚長として戦車戦の経験が豊富であり、またかつては師団長として師団を率いてきた実績があります。これ以上の人材はいないでしょう。兵士に関しては諦める他ないようですが……」


 名目上シグルズ第一の部下であるオーレンドルフ幕僚長は、まさに今回必要とされている人材そのものであった。


 彼女が師団長の職を辞したのは彼女の師団が大きな損害を出したからであるが、実際のところ彼女に非はなく、また戦車戦の経験に長けているばかりか、指揮官としても優秀である。


「なるほど、いい策だ。早速東部方面軍に問い合わせるとするか」


 ヒンケル総統は早速東部方面軍――というかシグルズにオーレンドルフ幕僚長を引き抜くことが可能か問い合わせた。シグルズは通信を受けるや否や、3分ほどでこれを快諾した。


 まあ神聖ゲルマニア帝国総統からいきなり呼び出されたら誰だってそういう対応をするだろう。という訳で遠征軍の司令官はオーレンドルフ幕僚長で決定である。


「――続いて、この遠征軍をいかにして遠く離れた南ルシタニアに運ぶのか、考えねばなりません」


 本来は隣国であるルシタニアとゲルマニアは今や完全に分断され、直接援軍を送ることは出来ない。ヴェステンラント軍の占領地を避けて部隊を運ばねばならないのだ。


「それについては大した問題ではないのではないか? 既に我々はガラティアを経由してルシタニアへ多大な援助を行っているだろう?」


 地中海の制海権は今なおガラティア帝国が完全に握っている。それを利用させてもらい、ゲルマニアは南の国境からガラティアに陸路で物資を運び、地中海を経由して南ルシタニアに武器弾薬を送っていた。


 その経路を使えば安全に、それも大量の物資を送ることが出来る。何ら問題はない――はずだ。


「しかし、これまで送っていたのはあくまでです。少数の派遣武官を除けば、人を送ったことはありません」

「人だと問題か?」

「ガラティアはそもそもヴェステンラントを刺激することを避けています。食糧の支援すら、ガラティアは当初渋りました」

「しかしガラティアは今では武器弾薬を運ぶことすら許してくれている。今更兵士を送ったところで大して変わらんだろう」


 ゲルマニアがルシタニアに武器弾薬を送ることを許している時点で、既にヴェステンラントが開戦する事由としては十分だ。今更兵士を通過させることを拒絶はするまい。


 そのはずだったのだが――


「……総統閣下、残念なお報せです。ガラティアは――100名以上の兵士がガラティア領内を通過することを許可しないとのことです……」


 リッベントロップ外務大臣は沈痛な面持ちで総統に報告した。ガラティアはゲルマニアの要請を拒絶した。地中海を通って南ルシタニアに兵を差し向けるのは不可能となったのである。


「そうか……分かった。では、ルシタニアは諦めるしかないか……」

「総統閣下もいつになく弱気ですね」

「ここでガラティアとの関係を悪化させる訳にはいかんからな」


 現在、ゲルマニア軍の総兵力はおよそ120万。うち東部方面軍が40万、西部方面軍が60万、そして南部方面軍が20万である。戦略予備などない。何とか南部に最低限の兵力を張り付けられてはいるが、この程度の兵力ではガラティア帝国の攻撃を防げないだろう。


 つまるところ、万が一にもガラティア帝国と開戦した場合、ゲルマニア帝国は滅びるということである。


「しかし、こうなるとどうしようもないな……ルシタニアは諦めるか……」

「いいえ、閣下。我々にはまだ手段が残っています」


 ザイス=インクヴァルト司令官はいつも通りの不敵な笑みを浮かべながら言った。


「何だ?」

「ブリタンニア海峡を堂々と横切ればいいではありませんか」

「な、何を言っているんだ君は……」


 ブリタンニア海峡と言えば、ヴェステンラント本国からの輸送船が毎日のように行きかっている海峡だ。ヴェステンラント本国近海と並んでヴェステンラント海軍が厳重に守っている海域である。


 そこを横切るなど正気の沙汰とは思えない。


「戦艦はまだ半分も完成していないのだぞ。海においては……我々はヴェステンラント艦隊に傷をつけることすら出来ない」


 悔しいが事実だ。陸においては魔女すら圧倒する数々の兵器を生み出してきたゲルマニアだが、海においては今のところ何の成果もない。まあ精々陸の兵器を船に載せるくらい――


「――まさか、あの輸送艦で何とかしようとしているのか?」

「流石は総統閣下、話がお早い。あの船ならヴェステンラントの魔導弩砲にも耐えられます。それに、積載量は従来の輸送船の20倍以上。これを戦闘艦艇として使わない手はありますまい」


 戦艦を作る技術習得の為にゲルマニアが試作した輸送艦。スカディナウィア半島へ戦車を運ぶのに使われたものである。それに大砲を載せて戦艦にしてしまおうというのがザイス=インクヴァルト司令官の提案だ。

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