ゲルマニアの対応策

 ACU2311 7/12 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン


「――このように、ヴェステンラント軍はルシタニアへの本格的な攻勢を開始したものと考えられます」


 西部方面軍ザイス=インクヴァルト司令官は、ヒンケル総統に昨日の出来事を報告した。


「なるほど。つまりは……これまでヴェステンラント軍は本気で戦争をしていなかったということか?」

「そうなります」

「ルシタニアが善戦していたのではなく、ヴェステンラントが遊んでいただけだと?」

「残念なお報せではありますが、そうなります」

「そうか……」


 ルシタニアの努力は意味がなかった。他国のこととはいえ、そんな事実を聞かされると複雑な気持ちになるヒンケル総統であった。


「――一応聞いておくが、ヴェステンラント軍が我が軍に対しても手を抜いているという可能性は?」

「否定できませんな。私はただ、そうではないと信じるだけです」

「そ、そうか……」


 そうでないと信じたい。今はただそれだけである。


「さて総統閣下、問題は、ルシタニアが消滅することで、ヴェステンラント軍の全てが我々に向けられることです」

「ああ、そうだな」


 ルシタニア軍相手にヴェステンラント軍は6万ほどの兵を割いている。ルシタニアが滅ぼされ、その軍勢が全てゲルマニアに押し寄せれば、流石のザイス=インクヴァルト司令官とて耐えきれないかもしれない。


「しかし、このまま放置していてはルシタニアが滅びることは、最早疑いようもありません。深い山地の中に長い一年以上かけて建造された防衛線でもたったの数時間で突破されたのですから、平地で野戦を挑んで勝てるとは到底思えませんから」

「つまり、我々がルシタニアを支援する必要があるということか」

「いえ、総統閣下。我々は既に多大な支援を行っています」

「それもそうだが……」


 ゲルマニアはルシタニアに無償で多大な援助をしてきた。小銃しかり機関銃しかりである。塹壕を構築する技術や銃の使い方など、知識面での支援も怠らなかった。その為に要した費用は決して少ないものではない。


「故に、これは支援だけでどうにかなる問題ではありません」

「ではどうせよと?」

「我々は、ルシタニアに援軍を派遣する必要があるのです。我が軍が直接戦わなければ、ルシタニアを救うことは不可能です」

「――分かった。君が言うのだ。その判断を疑いはするまい」


 援軍を派遣しなければルシタニアは滅びる。その認識を疑う者は誰もいなかった。そしてルシタニアが脱落することはゲルマニアにとって非常な不利益となることも。


「となると、問題はどれほどの部隊を派遣するかと、どのように部隊を運ぶか、だな」

「派遣軍はやはり、少数精鋭がよいでしょう」

「つまりは戦車か」

「はい。ついでに、ヴェステンラント軍相手に戦車が使い物になるかの実験も出来ます」


 戦車は一両だけで千人の兵士に相当する。遠方に派遣するにはもってこいだ。


「幸いにして、帝都に50両ほどの戦車が用意してあります。西部――および南部で万一の事態が起こった時の為の戦略予備ではありますが、今回の事態はこの兵力を動かすに値するでしょう」

「そうだな。この局面でゲルマニアにいきなり仕掛けてくる者などないだろう」


 ヴェステンラントもゲルマニアもガラティアも、今はルシタニアの戦況に一番注目している。わざわざゲルマニアに突っかかりはするまい。


「しかし、戦車の運用をしたことのある者など、ここら辺にいるか?」

「確かに、誰もいませんな」


 戦車は未だにダキア戦線でしか投入されたことがない。戦車の運用経験のある者は全てダキアにいるのである。


「戦車は……初めて使う人間でも扱える代物か?」

「いいえ、無理でしょう」


 戦車は操縦方法を教えればすぐに使えるようなものではない。実戦経験の豊富な人間は絶対に必要だ。少なくとも戦車の運営に長けた指揮官がいなくては。


「ではどうする? ダキアから兵士を呼び寄せるか?」

「そうしましょう」

「そ、そうか……」

「戦車を操る兵士については最低限の訓練を積んだ者で妥協出来ますが、その司令官については妥協する余地はありません。そして我が軍で戦車の運用に長けた者は一人しかいません」

「シグルズか」


 シグルズ率いる第88師団以外が戦車を運用したことはない。故に戦車を扱える師団長はシグルズだけである。


「はい。彼を呼び戻して、派遣軍の指揮をしてもらいましょう」

「しかし、シグルズは東部方面で装甲列車を動かし続けているのだ。それを引き抜いては、東部方面軍の兵站が持たなくなるのではないか?」

「ふむ……確かにシグルズにはそんな役目もありましたね」

「東部方面軍は来るべき攻勢に向けて準備をしているのだ。ここで彼を引き抜くのはあまりにも酷だろう」


 シグルズが装甲列車を昼夜を問わず動かしているからこそ、東部方面軍の補給は維持されている。それを取り上げれば、攻勢への準備はおろか、現在の占領地を維持することすら出来なくなるだろう。


 ザイス=インクヴァルト司令官はほんの僅かだけ不愉快そうな顔をしたが、すぐにその表情をかき消した。

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