第二十三章 半島戦争

まやかしの終わり

 ACU2311 7/11 ルシタニア王国 対ヴェステンラント防衛線


 北ルシタニア地域と南ルシタニア地域の間は、半島の入り口を完全に塞ぐ山脈が自然の防壁となっている。


 ルシタニア軍はその山地の中にゲルマニア軍のような塹壕線を構築し、ヴェステンラント占領地域でのゲリラ戦と組み合わせ、旧式の装備ながらヴェステンラント軍相手に善戦していた。


 が、その日、彼らは見たこともない敵と遭遇することになった。


「あ、あれは何だ……?」


 いつも相手にしているのは赤の国の鎧を赤く染めた兵士である。が、視界に入ったのは禍々しい黒色、或いは紫色の鎧を纏った魔導騎兵であった。


「色違い、か……?」

「いや、いつもの連中とは魔導装甲が違う。まるで重装歩兵のような……」


 禍々しいのは色だけではなく、その形状もだ。


 すらっと細くまとまったヴェステンラントの魔導装甲とは違い、何重にも鎧を着こんでいるような、大昔の重装騎兵のような威圧感を放っていた。


 兵士たちはこの恐ろしい敵に釘付けになった。


「落ち着け! どうして重装騎兵が大昔に廃れた! 銃の前には無力だからだ!」

「「おう!!」」


 鎧を厚くすればいい時代はとっくに終わった。何も恐れることはない。兵士たちは奮い立って銃を構えた。


「来るぞ! 撃て!」


 敵騎兵は突撃してきた。ルシタニア兵は慣れた動きで射撃を始めた。敵はたったの10人ほど。300人ほどのこの部隊で十字砲火をしかければすぐに死ぬだろう。


 誰もがそう思っていた。


「な、何だあれ!?」

「どうして死なない!?」


 動き自体はいつも相手にする魔導騎兵と川習い。既に100発近くの銃弾を食らわせている。が、黒い騎兵は怯みすらしない。


「怯むな! 撃ち続けろ! 機関銃も使え!」

「はっ!」


 ゲルマニアから供与された機関銃。少数だが前線に配備され、いざという時に使うことになっている。指揮官は今こそがその時であると判断した。


 小銃による射撃を続けつつ、一部隊に匹敵する火力を持つ機関銃も火を噴いた。火力は大体倍増したと言ってもいいだろう。


「よし! やった!」


 ついに一人の騎兵が倒れた。しかし残りは依然として距離を詰めてくる。そしてその時、戦場を支配していた機関銃の轟音が突如として消滅した。


「! 弾切れだ!」

「弾薬だ! 早く!」


 早々に弾倉の弾丸を撃ち切ってしまった。1丁しか機関銃の用意はない為、装填の間は何も出来ない。兵士は急いで装填しようと試みたが、そのせいで逆に手元が狂い、弾倉は全くはまってくれなかった。


「く、来るな!」

「撃て! 撃てっ!」


 結局、何も間に合わなかった。魔導騎兵は馬から飛び降り塹壕の中に侵入した。機関短銃までは供与されておらず、狭い塹壕の中で抵抗する術をルシタニア兵は持たなかった。


 黒い魔導兵はその重厚な鎧に似合わない機敏な動きを見せ、ルシタニア兵は次々と斬り殺されていった。


「出来たぞ! 食らえ!」


 その時、ようやく機関銃の再装填が完了した。


「ば、馬鹿! ここで撃つな!」

「死ね! ヴェステンラント兵ども!」


 機関銃を塹壕の中に向け、射手は引き金を引いた。当然その弾丸は多くのルシタニア兵を貫く。


「この馬鹿!」


 近くにいた兵士が機関銃の射手を殴り飛ばした。


「何をする!」

「味方を殺す気か!?」

「そ、そんな気は……」


 射手は我に返った。だが、もうどうすることも出来なかった。敵にはたった1人の損害を与えることしか出来ず、彼らは降伏した。


 ○


 ACU2311 7/11 ルシタニア王国 臨時首都マジュリート


「陛下、敵に動きがありました」


 レモラ一揆を率いルシタニアに亡命してきたガラティアの将軍――アルタシャタ将軍はルシタニア国王に報告する。


「動き?」

「はい。既に20箇所ほどで第一防衛線が突破されたのが確認されております」

「そうか……それはつまり、敵の大部隊の行動を見逃したということか?」


 ついにヴェステンラントが全面攻勢を仕掛けてきた。国王はそう考えた。


「いえ、敵に大規模な動きは確認されておりません」

「――では何だと言うのだ?」

「前線からの報告を信じるならば……敵の極めて小規模な部隊に突破されたようです」

「どういうことだ……?」


 それは予想だにしない報告だった。本当ならヴェステンラント軍はこれまで本当に手を抜いて戦争をしていたということになる訳だが。


「どうやら、敵は新しい魔導装甲を、少数ですがここに投入したようです」

「あの、ゲルマニアがダキアで遭遇したものか……」

「恐らくは」


 ルシタニアもゲルマニアからの情報提供を受けている。普通の魔導兵の数倍の耐久力を持った恐るべき魔導兵の存在を。


「そんなものが来たのなら、我々は終わりだな……」

「はい。そう言わざるを得ません」


 正直言って、黒い魔導兵が大挙して押し寄せてきたらルシタニア軍には打つ手がない。


「どうする? 早めに降伏しておくか?」

「いえ。そもそも、敵はこの魔導兵を、極めて少数しか投入しておりません。実際、ダキア方面でもメレン蜂起の時以来、確認されていません」

「奴らは何がしたいのだ……」


 ルシタニアの運命はヴェステンラントの気分次第。その状況は非常に不愉快であった。

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