迫撃砲

 ACU2311 7/5 ダキア大公国 ゲルマニア軍補給線


 オステルマン師団長の率いる第18師団は、迫撃砲の初の実践投入を任されていた。全てに迫撃砲が備え付けられた装甲車12両で構成された輸送隊である。


「しっかし奴ら出てこないな……」


 ゲルマニアでももうたった一人となってしまった女性の師団長、オステルマン師団長はつまらなさそうに呟いた。


「確かに……ここまで来て何の妨害もないというのは不自然です」


 紳士の中の紳士と参謀本部にも有名な、ハインリヒ・ヴェッセル幕僚長も同意する。ここはスカディナウィア半島の国境とメレンを結ぶ補給線のちょうと真ん中くらい。装甲列車が実戦投入されるまではここら辺までにダキア軍が襲撃してきて物資が燃やされていた。


「どう思う、ハインリヒ?」

「普通に考えれば……我々が久々に装甲車を出したことで、対応に手間取っているのではないでしょうか」


 近頃東部方面軍の装甲車は完全に倉庫番と化している。ずっと装甲列車を使って物資の輸送を行ってきた訳だが、そこで急に装甲車を動かしたことで、ダキア軍も驚いているのかもしれない。


「まあ来ないんならそれでいいんだが」

「しかし、敵が襲ってこないと迫撃砲の威力を試すことは出来ません」

「確かに、それもつまらんか」


 せっかく迫撃砲を持ってきたのに使う機会がないのはつまらない。


「その、つまらないとかいう問題ではなく、我々の目的はダキア軍に迫撃砲の威力を見せつけることです」

「ああ……そんなのもあったな。まあ目的なんて知ったことじゃないさ。敵が来たら叩きのめし、来なかったら普通にものを運ぶ。それで問題はあるか?」

「一応、迫撃砲を使わずに逃げたら意味がないというのはありますが――閣下なら心配はないでしょう」

「ま、それはないな」


 オステルマン師団長が敵を前にして逃げるなどということは考えられない。ローゼンベルク総司令官が彼女を選んだのは理に適った人事だと言えるだろう。


「――閣下、敵の魔導反応です!」


 その時、ついに敵が来た。場所はこれまでの例にもれず、左右が深い森になった見通しの悪い街道である。


「よーし。全軍戦闘配置! 急げ!」

「はっ!」


 装甲車は停止し、兵士たちは機関銃や小銃の銃口を側面の狭間から出し、また今回は天井を開けて迫撃砲を放つ用意をした。


「ふむ……敵の姿は見えんな」

「森の中に潜んでいるのでしょう。これまでの報告通りです」

「思った通り、目視は大して役には立たんか」


 ダキア軍の魔導兵は森と同化し、その姿を見ることは叶わなかった。ただ魔導反応によってその辺りに存在していると分かるだけである。


 その時、ヒューヒューと風を切る音が前後左右から響き渡った。聞きなれた魔導弩の矢が飛翔する音だ。


 警戒を促す暇などなく、矢の雨は瞬時に装甲車を打ち付けた。高温の矢は装甲車の装甲をほんの少しだけ溶かしたが、厚い装甲板が貫通されることはなく、中の兵士には傷一つつかない。


「まったく、木材と鉄を無駄遣いしやがって」

「そういう風にこちらを油断させるのがダキア軍の戦い方ですよ、閣下」

「むっ……」


 ダキア軍の矢は一体何万本防がれたのか見当もつかない。魔導弩でゲルマニアの戦車や装甲車を撃破することが不可能なのは、とっくの昔から知っているはずだ。


「そうしてこちらが隙を見せたところで突撃するのがこれまでのやり方です。報告書を読まれていないのですか?」

「読んでないな」

「…………」


 まあ報告書を読んでいなかったとしても、オステルマン師団長なら何とかするだろう。


「まあいい。このまま膠着しているのは無意味だ。直ちに迫撃砲を用意させろ」

「はっ」


 敵がこちらを疲れさせることを狙っているのなら、わざわざそれに乗ってやる必要はない。オステルマン師団長はとっとと戦闘を終わらせることを決めた。


「迫撃砲の射撃準備が整いました」

「ああ。じゃあ早速、撃て!」


 ゲルマニアが全力で用意したおよそ30門の迫撃砲。それらは一斉に火を噴いた。目標は魔導反応のある森の中。至近距離の為に砲口をほとんど真上に向けて砲撃する。


 そのお陰で砲弾はダキア軍のほぼ真上から飛来した。矢とはまた違う風を切る音がかすかにした。


「おお、燃えてるな」


 森の中で数十の爆発が起こり、木々を折り、草を燃やした。と同時に、逃げ惑う数十人の魔導兵の姿が見えた。


「ふん。戦車を使った時と変わらないじゃないか。何も学んでいない」

「彼らもまさか装甲車から砲撃を食らうとは思わなかったのでしょう。我が軍の作戦勝ちです。それで、彼らはどうされますか?」

「放っておけ。あえて殺す意味もない」

「――はっ」


 ヴェッセル幕僚長はオステルマン師団長なら彼らを皆殺しにしろと命じるかと思っていたが、意外な命令であった。


「まあ、あれだ。奴らには精々生き証人になってもらった方がいいだろう?」

「なるほど。閣下のお考えも一理あります」


 迫撃砲の恐ろしさダキア中に伝える者がいなくては意味がない。今回に限っては敵を逃げるに任せるのが正解なのである。


「敵の魔導反応は消滅しました」

「よし。このままメレンまで前進せよ」


 こうしてゲルマニア軍は初めて、装甲車を用いて食糧弾薬を完全に輸送することに成功したのであった。

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