ガラティア帝国の分析
ACU2311 6/28 メフメト家の崇高なる国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン
「――つまるところ、ゲルマニアは既に新兵器の生産を開始しており、しかもダキア方面に集中して送られているようです」
イブラーヒーム内務卿は、ゲルマニアの内情調査で得られた情報を簡潔に報告した。言わずもがな、新兵器とは迫撃砲のことである。
「新兵器か……それはどのようなものなのだ?」
一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱くと噂されるガラティア帝国の最高指導者――シャーハン・シャー、アリスカンダルは内務卿に尋ねた。
「残念ながら、我々の調査ではそこまでは分かりませんでした……しかし、どうも人間が一人で持ち運べるような大きさの大砲であることは分かっております」
「人が持ち運べる大砲、か……既に巨大な大砲をいくつも作り上げているゲルマニアがそんなものを作るとは、何か考えがあるのだろうが……」
「申し訳ありません……」
ガラティア帝国はついに迫撃砲を用いる意味を理解することは出来なかった。だが、ゲルマニアが無意味に迫撃砲を作っているはずはない。
「東部戦線にその新兵器を送っていると言っていたな?」
「はい。西部戦線にはほとんど配置されていません」
「なれば、ゲルマニアが東部にて何らかの動きを起こそうとしているのでしょう」
ガラティア帝国で最高の位を持ち、最も優れた戦略家、戦術家である老将、スレイマン将軍は言った。
「だな。戦線を維持するだけなら、これ以上補給線に負担をかける必要はない」
野戦ですらダキア軍を圧倒したゲルマニア軍がダキアの数多く存在する城塞都市に引きこもれば、ダキア軍がそれを攻め落とすことなどほとんど不可能だろう。
現在の占領地を防衛する為なら新兵器などをわざわざ用意する必要はない。
「ということは……どういうことなのですか?」
イブラーヒーム内務卿は両名が何を言いたいのか理解出来ない様子。
「つまるところは、ゲルマニアがダキアの更に奥地への進攻を考えているということだ」
「そ、それは本当ですか、陛下?」
「あくまで推測だ。本当なのかはゲルマニア人にしか分からない。とは言え、これ以外には考えられんな」
「はっ、ありがとうございます」
普通に考えれば過剰なまでの兵器を生産し前線に運ぶ理由。それは更なる戦果を求めていることに他ならない。これが最も妥当な推論であろう。
「しかし……あのダキアの土地をメレンより奥地まで踏み入るなど、正気の沙汰とは思えませんね……」
イブラーヒーム内務卿は、物流に関してはガラティアで一番詳しい。その彼をして無謀と言わしめるのが、ゲルマニアの進攻作戦である。
「とは言え、ダキアもダキアで正気ではなかろう」
スレイマン将軍は、ダキアも2つの首都を落とされながら降伏する気がないのもまた正気の沙汰ではないと言う。
「確かにそれもそうだな……」
「最早誰もが正気を失っている。我々を除いてはな」
「そうだな。我らの陛下は大変聡明でいらっしゃる」
「世辞はよせ」
確かにヴェステンラントも大八洲も正気ではない戦争を続けている。列強の中で正気を保っているのは参戦を徹底的に避けているガラティア帝国だけかもしれない。
「まあ、ダキアが滅んでくれれば我々も楽になる。ゲルマニアには期待しておくことしよう」
ダキアとガラティアは地味に国境を接している。故に両国の関係は良いものではない。ダキアが滅んでくれるなら、ガラティアにとっては願ったり叶ったりなのである。
「それと――更に重大な報告もあります」
イブラーヒーム内務卿は深刻そうな顔をした。
「何だ?」
「ヴェステンラントがルシタニアへの全面的な攻勢を計画しているようです」
「何? 本当か?」
アリスカンダルはこれまでになく興味を示した。それこそがガラティア帝国の――アリスカンダルの最も恐れる事態であるのだ。
「……はい。間違いない情報であるかと。ジハード殿からの報せです」
「そうか。ジハードが……」
不死隊長ジハード。彼女はルシタニアとヴェステンラントの戦線辺りで情報収集に出ており、その情報は正確だと言えるだろう。
「ヴェステンラントがルシタニアを落とせば、我らと接することになる」
「そうなることを覚悟してルシタニアを攻め落とそうというのなら、ヴェステンラントには我々と事を構える覚悟があるということです」
「そうなるよな……」
ヴェステンラントがルシタニアをあえて生かしているのはガラティアも理解している。そしてそれを滅ぼすということは、ガラティアと直接に接することであるということも。
「戦争か……したくないな……」
アリスカンダルは子供っぽく呟いた。
「しかし、陛下、そんなことを言っている場合ではありません。民の暮らし、平穏を守るには、我らが剣を持つ他ありません」
「そうだが……」
だがそれでも、アリスカンダルは戦争を厭う。
「まあ、その、ヴェステンラントが我々と戦争を始めたい理由もありません。彼らとは可能な限り平和的な交渉を試みます」
「頼んだぞ、イブラーヒーム」
ガラティアにおいては内務卿が内務大臣や大蔵大臣や外務大臣を兼ねている。
ガラティア帝国はどこまでも戦争から逃げ続けるのであった。
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