ダキア大公国の戦略

 ACU2311 6/13 ダキア大公国 オブラン・オシュ


「……殿下、敵の装甲列車は非常に強力であり、現地の部隊で食い止めることは最早不可能です」


 親衛隊長のホルムガルド公アレクセイは、その残念な事実をピョートル大公に告げざるを得なかった。


「――そのようだな。親衛隊が全力を掛けて1両を破壊することしか出来なかったものを、少数の奇襲部隊で撃破出来る筈もない」

「はい。これ以上何かに期待するのは無意味なようです」

「分かった。奴らの補給線は確立されてしまったと見るべきということだな?」

「はい。ゲルマニア軍は今日も悠々と食糧や弾薬を前線に運んでいます」


 実際のところはゲルマニア軍も苦しい状況なのだが、そんな内情まではダキア大公国も把握しておらず、取り敢えずは最悪な想定で話を進めることとなっている。


「マキナ君、何か使える情報はないのか?」


 ピョートル大公は冗談半分に感情のないメイドに尋ねた。


「いいえ、殿下。装甲列車がどこを走っているかは分かりますが、それ以上は何も」

「だよな……」


 ダキア軍は装甲列車がどこを走っているのか把握している。把握しているのだが――打つ手が全くない。寧ろそんなことは知らないほうが精神衛生上マシである。


「しかし殿下、これでダキア軍の戦略は破綻しましたね」


 マキナは珍しく自分から喋った。


「そ、そんな直接的に言わないでもいいではないか……」

「事実です。目を背けていては勝てません」

「まあ……そうだな。ありがとう。間違っているのは私だ」


 ダキア軍の基本戦略は、ゲルマニア軍の補給線を現地のゲリラ部隊で破壊し、ゲルマニア軍を飢えさせて撤退に追い込むというものである。逆兵糧攻めといったところだろう。


 しかしこの補給線を破壊するというのは今や不可能となった。よってゲルマニア軍は今後もメレンに居座り続けることが出来、ゲルマニア軍を撃退する算段は完全に崩れた。


「しかし……どうすればいいのだ……? このままでは永遠にメレンを奪われたままとなるぞ」

「敵の補給を絶つことが失敗した今、我々に残された手段は……直接にゲルマニア軍の主力部隊を叩くしかありません」

「だな……こちらから反撃をする他に道はないか……」


 待っていてもゲルマニア軍が撤退してくれることはない。寧ろ時間が経つほどゲルマニア軍は防備を整え、反撃を行うことは難しくなるだろう。


「とは言え……ゲルマニア軍は既に我が国で最強の要塞であるメレンを手にしています」


 アレクセイはダキア軍にとって更につらい事実を報告せざるを得なかった。


「2度も落とされた要塞が最強か?」


 ローゼンベルク司令官やシグルズが思っていたことを、ピョートル大公やアレクセイも思っていた。メレンという要塞への評判は世界規模で低下していたのである。


「……確かに、ゲルマニア軍相手には大した抵抗も出来ませんでしたが、要塞は寧ろゲルマニア軍こそ利するものかと」

「ふむ。どういうことだ?」


 ゲルマニア軍の守るメレンに攻め込むという発想は今日までなかった。


「ゲルマニア軍は複数の大型の兵器を擁しています。即ち――機関銃や対空機関砲、大型大砲などです」

「なるほど。野戦では持ち込めない武器ということか」


 いずれもゲルマニア軍の固定された陣地に配備されているものであり、ゲルマニア軍が攻め込む際には付随しない。


 機関銃については戦車や装甲車にたんまりと搭載されているが、西部戦線の塹壕線と比べればその数はほんの僅かと言える。


「これらは当然、メレンには配備されているでしょう。ただ柵を置いただけの簡易的な陣地ですら、我々は苦戦したのです。メレンの城壁に機関銃や対空機関砲を設置されれば、我々には為す術もありません」

「なるほどな……」


 寧ろゲルマニア軍こそメレンを使うに相応しいものであるということだ。実に悔しかったが、ピョートル大公も認めざるを得なかった。


 ゲルマニア軍が守りを固めればそれが鉄壁であることは、ここ数年の戦争で既に証明されている。


「そうなると……どうすればいいんだ? ゲルマニア軍が体勢を整える前に攻め込むか?」

「そうですね……ゲルマニア軍が機関銃や対空機関砲をまだ運び込めていないのであれば、勝機はあるかもしれません」

「では今すぐ軍を出すか」

「しかし……十分に敵情を把握せずに戦いを挑めば……。我が軍の士気は既に低迷しているのです」

「そうか……それもよくないな」


 装甲列車相手に敗北したことで、ダキア軍の士気は落ちている。もしまた負ければ、今度こそダキア軍は瓦解しかねない。どうしても慎重にならざるを得ないのだ。


 が、その時だった。


「殿下、ゲルマニア軍に動きがありました。どうやら装甲車による輸送を試みているようです」


 マキナはゲルマニア軍の通信を傍受した。


「それはつまり……どういうことだ?」


 装甲車を動かす危険を冒してまで物資を輸送したい理由とは何か。


「恐らくですが……これは敵が更なる侵攻を意図しているのではないでしょうか」

「なるほど。であれば……」

「勝機は見えます」


 ゲルマニア軍がわざわざ城を出てきてくれる。それはダキア軍にとって僥倖だ。今度こそ野戦で勝利を掴む。それが唯一の希望である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る