無茶な作戦
ACU2311 6/13 ダキア大公国 メレン
ヒンケル総統が出した今年度中にダキアを降伏させよという命令。それが撤回されることは結局なく、翌日には東部方面軍にこの命令が通達された。
最初に受け取ったローゼンベルク司令官は思わず命令書の書き間違えか通信士の言い間違えを疑って帝都に問い合わせたほどである。
だが間違いなどどこにもなく、これこそが正に総統から出された唯一無二の命令であったのだ。
ローゼンベルク司令官は憂鬱な気持ちのまま、師団長たちを集めて会議を開いた。
「これまた、大変な命令を出されたものですね……」
シグルズは珍しく暗い声で感想を述べた。
シグルズてしては本格的な攻勢を始めるのを来年の春頃と想定していただけに、衝撃は大きかった。
「そうだな……本当にその通りだ。残り時間は半年もないと言うのに、ダキアを屈服させることなどとても……」
ローゼンベルク司令官には全く自信がなかった。
かつてのダキア大公国が相手なら1ヶ月でも長過ぎると豪語出来ただろう。だが、今のダキアがその広大な領土と気候を武器とする、持久戦というものの権化であることは、ローゼンベルク司令官がよく知っている。
「ま、現実的に考えて、あと3ヶ月以内には攻勢を始める準備を整えねばならないでしょうね」
オステルマン師団長は大して深刻ではなさそうに言った。
「3ヶ月……確かにそうなるな。そんなことが果たして可能なのか……」
シグルズは寝る間も惜しんで装甲列車を動かし続けているが、それで賄えるのは今いる部隊を維持する分の食糧弾薬のみ。
更なる攻勢の為に物資を貯めることなどまるで出来ておらず、その見通しも立っていないというのが現状だ。
「やはり、作戦は白紙撤回とし、西部に重点を置くべきなのかもしれんな……」
とても東部方面軍総司令官が言っていいような台詞ではないが、そんな発言が普通になるくらいには東部方面軍はお通夜状態になっていた。
「しかし、これは総統閣下が我々に期待されているということでもあります。そう簡単になかったことにするというのもなかなか……」
「そうだよな……私自身の進退はどうでもいいんだが、東部方面軍が信頼を失うのは避けたい……」
「閣下、その前に、どういう経緯でこの命令が出されたのか、詳細は何かあるのですか?」
シグルズは尋ねた。そもそもどうしてこんな命令が出されたのか分からないうちは、作戦を撤回して総統の機嫌を損ねるのかどうかも分からない。
そういう善意で尋ねてみた訳だが、その瞬間、ローゼンベルク司令官の表情が曇ってしまった。
――地雷を踏んだか……
シグルズは撤回しようとしたが、もう遅かった。
「理由は、無理がある作戦であることは理解しているが、我が国にとって最良の選択をする為、東部方面軍ならばやってくれると信じる――からだそうだ」
「なんという……」
「ああ。我々はとんでもない期待をかけられているんだよ」
可能ならば実行せよという話ですらない。何としてでもダキアを降伏させよとか、そういう意味合いが感じられたのである。
実のところこの時点で東部方面軍と帝都の認識に齟齬が生じている訳だが、それに気付くものは誰もいなかった。
「まあ、そういう訳だ。オステルマン師団長の言うように、あと3ヶ月以内には準備を整えねばならないだろう」
「3ヶ月……」
会議はどんよりとした空気に包まれた。それがほぼ不可能であることを、ここにいる者たちこそが最もよく理解しているのだから。
「線路の敷設は、いつ頃に終わる予定だったかな?」
「それが……およそ3ヶ月後です。今回の作戦にはとても……」
「そうだよな……」
ちょうど攻勢を始めなければならない頃に線路は完成する。だがそれでは意味がないのだ。3ヶ月後には準備が整っていなければならないのだから。
「今の状況で物資の輸送量を増やし、物資を蓄えねばならないということか……」
「現在、装甲列車は可能な限り最大量の輸送を続けています。これを増やすのは不可能です」
シグルズははっきりと言い切った。シグルズはほとんど休みなく働き続けており、装甲列車はほぼ常に走り続けている。
装甲列車に関しては、これ以上輸送量を増やす余地は残っていないのである。
「そうだな……では装甲列車以外の方法でも考えればいいのか?」
「それは……はい。そして幸い、我々にはまだ希望があります」
「何のことだ?」
「迫撃砲です。ライラ所長がもう開発を進めてくれていますし、既存の技術の寄せ集めで作れるものですので、すぐにでも実戦に投入出来るかと」
装甲車単体にも最低限の砲火力を持たせなければ、ゲルマニアのゲリラに襲撃されたときに為す術がない。
その現状をひっくり返す為の兵器こそ迫撃砲である。これが完成すれば、装甲列車とは別に装甲車だけの輸送部隊を編成することも可能になるだろう。
「それにかける他ないか……」
装甲列車以外の輸送手段を用意するしか道はなく、それを実現するには迫撃砲を実用化するしか道はない。
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