神聖ゲルマニア帝国の現状Ⅱ

「ではやはり、ダキアもヴェステンラントも軍事的に屈服させるしかないか」

「そういうことになりますね。外務省としては残念ではありますが……」

「まあいい。外務省にはガラティアと大八洲との交渉という重要な役割があるからな」


 ヴェステンラントもダキアも話が通じないろくでもない連中だが、ガラティアや大八洲はマトモな友邦である。特にガラティア帝国の態度はこの戦争の趨勢に多大な影響を与えるだろう。


「ガラティア帝国も、こっちについて参戦してはくれないものか……」

「彼の国は、スルタンの意思で全てが決まる国です。そしてそのスルタンが戦争というものを嫌っている以上、たとえガラティア帝国にとって利益になる戦争であっても、彼らは参戦しないでしょう」

「まあ、それはゲルマニアも同じことか」

「総統閣下は国益を見定められる方ですがね」


 独裁体制の光がゲルマニアであり、闇がガラティア。大雑把にはそう言えるだろう。


「まあいい。つまるところは、いつも通り戦争に、それも独力で訴えることしか出来ないということだな」

「そういうことです」

「そこで問題になるのはやはり、東を攻めるか西を攻めるかでしょう」


 ゲルマニア軍一の策略家、ザイス=インクヴァルト西部方面軍総司令官は言う。帝都に戻ってこられたのは、西部戦線が完全に膠着しているからである。


「その話か。まずは弱っているダキアを叩き、戦線が膠着すればルシタニアの解放に乗り出すということだったな」

「はい。そして今、ダキアへの攻勢が成功なのか失敗なのかを見極める時期が来ているかと考えます」

「東部方面軍の面々が不在だが……ここで話し合うべきことか?」


 東部方面軍はメレンに攻め込んだ部隊を維持することに忙しく、とても帝都で会議などしてられる状況ではない。まあそれ自体が東部の現状を語ってもいるのだが。


「決定は可能な限り早期になされるべきです。我々に時間を空費している余裕はありません」

「そうだな……では君としてはどう思う?」

「私としては、この攻勢は既に失敗しているものかと」


 ザイス=インクヴァルト司令官は、東部方面軍の努力をバッサリと切り捨てた。今なお東部の何もない大地に線路を敷設すべく、数千人が汗を流しているというのに。


「そ、そうなのか……。それはどうしてだ?」

「はい。確かにメレンへの線路が完成すれば、前線への補給は改善されるでしょう。ですがそれだけです。これから更に敵地に攻め込めば、同じことをもう一度繰り返さねばなりません。敵が更に耐え抜こうというのなら、三度でも」

「なるほどな」


 そんなことを夏から秋のうちにやり切れるとは思えない。


「しかし……そんなことを言ったら永遠に決着がつかないではないか」

「現状、解決策は見当たりません。お手上げと言っていいでしょう」


 ザイス=インクヴァルト司令官は三文芝居のような調子で言った。


「まったく、今度は何を考えているんだ……?」

「特に何も?」

「――まあいい。君が言わないということは、今やるべきではないということだろう。となると、ルシタニア解放に動くべきということか?」

「はい。戦車や装甲車など、我々はヴェステンラントの塹壕線を食い破るべき兵器を手に入れました。今こそ西部の膠着を打ち破るべき時です」

「そうだな……他の者はどう思う……とは言ってもな……」


 肝心の東部方面軍の面々はおらず、話の通じる人間が少な過ぎるのである。しかし大抵の者は、少なくとも東部方面軍の試みようとしている攻勢が無謀だということに関しては同意見であった。


「私からいいでしょうか?」


 その時、ザウケル労働大臣――或いはクリスティーナ所長が発言した。


「まあ私は戦略とかには詳しくないですけど……東部方面軍にはあのハーケンブルク城伯とライラ所長がいます。あの2人と第88師団の面々ならばやってくれると、私は信じます」

「確かにあの2人はいい意味で頭がおかしいがな……それは国家として取るべき判断なのか……」


 ゲルマニアが今もこうして生き永らえているのは半分はシグルズ、半分はライラ所長のお陰である。ヒンケル総統も2人の能力に疑いなどないが、かと言って無謀な作戦を承認すべきかはまた話が違う。


 将軍の考えるべきことは、いかにして勝てる状況を作り出すかである。不利な状況からの奇跡的な勝利に期待するなど愚策。国家元首として認める訳にはいかない。


「確かに、本来好ましくはないことです。ですので、判断は総統閣下に任せます」

「私に丸投げか……」

「これはこれは。酷い選択肢を提示されたものです」


 ザイス=インクヴァルト司令官はからかうように言った。


 国家として正しい判断をするか、奇跡を信じるか。色々な意味で酷い選択肢である。


「……よかろう。東部方面軍が起こそうとしている奇跡とやらを信じてやろう。但し今年度内だ。それで結果を出せなければ、東部戦線は凍結とし、西部戦線へ注力する。それが我が国の戦略だ」

「分かりました。それでは、西部方面軍はもう暫しの辛抱をすることとしましょう」


 しかし、これは東部方面軍にとっては辛い命令だった。年内に戦争を終わらせるとなれば、冬になるまで残り時間は長く見積もっても5か月。果たして間に合うか……

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