ハーケンブルク城にて

 ACU2311 6/21 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城


 メレンへ装甲列車を到着させるのを手伝った後、ライラ所長はハーケンブルク城に移設した帝国第一造兵廠に(物理的に)飛んで帰り、新兵器の試作と実験に明け暮れていた。


「今度は何を作られたんです、所長?」


 シグルズの義姉エリーゼは、暇つぶしにライラ所長を訪ねてみた。


「ええと……飛行機? とか言うやつ」


 本物の魔女より魔女のような恰好をした若い女性は、眠たそうに応えた。


「うちの弟が提唱した兵器ですね。いつの間に……」


 飛行機。特に何も特別なことはなく、地球に普通に存在した飛行機である。人を乗せて空を飛ぶ機械である。


「しっかし……機械で空を飛ぶなんて……そんな突飛なことを思いつくとは……」


 この世界の人間は有史以前から空を飛ぶことが出来た。故にあえて空を飛ぶ機械を作ろうという発想がなく、航空機やその原理に関する研究はまるで進歩していないのである。


「うんうん。シグルズの発想力には私もびっくりだよー」

「ですが、わざわざそんな機械を作る意味があるんですか?」

「うーん……まあ色々とあるけど……試作品を作ってみると、魔女よりすんごい早く飛べるんだよね」

「速さね……」


 魔女は空を自由自在に飛び回れるが、直線状に進む速さについては航空機に遠く及ばない。ライラ所長が飛行機の原理を軽く説明すると、エリーゼもすぐに理解した。


「速さは大事だよね。どこへでもすぐさま駆け付けられるからねー」

「でもさっきの説明だと、とても空中で戦えるとは思えないですね」

「まあ……そうだねー」


 ライラ所長は残念そうな声をしつつ、口元では不敵に笑みを浮かべていた。


 確かに飛行機は基本的に直進しか出来ない。魔女がその場で上下や左右に回避すれば、攻撃を食らわすのはほぼ不可能である。はっきり言って魔女の相手にはあまり役に立たないだろう。


 それはライラ所長もシグルズも認めるところである。


「ふーん……使い道は別にあるんですか?」

「そうだねー。まあ簡単に言うと、これに爆弾を積んで敵の頭の上から落とす予定だよ」

「なるほど……敵がどんなに重厚な陣地を築いていても、敵の司令部を直接攻撃できるということですか」

「え、ああ、まあ、そうなんじゃない?」


 ライラ所長は急にどぎまぎとしだした。彼女は兵器を作ることにかけては一流であるが、実際にどう戦うかについてはあまり考えていないのである。


 しかし難しいことではない。この世界で本陣の対空警戒をしているのはゲルマニア軍くらいで、それも低空を飛んでくる魔女に対するものだ。未だ誰も到達したことのない高高度から襲来する敵など、夢にすら思わないだろう。


 そこで航空機――この場合は爆撃機を投入すれば、一撃でピョートル大公を殺すことも可能かもしれない。


「で、お金はいくら欲しいんですか?」

「え、まあ……3万くらい?」


 ライラ所長は何故か照れくさそうに答えた。


「はいはい、分かりましたよ。こっちで用意しておきます」

「ありがとー」


 3万ソリデュス。大きいか小さいかと言えば難しいところだが、ゲルマニアの国家予算のおよそ0. 003パーセントである。少なくとも一般人が持っていていい額でないことは確かだ。


 エリーゼは気前よく研究費と開発費を提供し、そのお陰でライラ所長は誰の目も気にせず好きな兵器を開発し続けていた。国家予算から金をもらうとなると色々と理由を申請せねばならず、単純に面倒くさいのである。


「で、普通に製造が可能になるのはいつ頃で?」

「そうだね……まだ見通しはあんま立ってないけど、来年の4月くらいかな……」

「10か月ですか」

「うん。流石にそのくらいはかかると思う」


 大雑把に考えれば装甲車も戦車も陸を走る機械ということで、昔からある蒸気機関車と同類である。よって共通する技術も多く、案外すぐに開発することが出来た。が、航空機に関しては似たものがまるで存在せず、全て手探りの状態から始めることとなるのである。


「まあ……普通に考えれば10か月で新兵器を開発して実用化する方がおかしいんだけれど……」

「えへへー。私天才だからね」

「否定できないわ……」


 ライラ所長がいなかったら、設計から量産化まで、短くても3年はかかっていただろう。本来ならばたったの10カ月で完成すると言うべきなのだ。


「10カ月先の戦局がどうなっているかは分からないですけどね」

「どうなってようと、私はこれを完成させるよ」

「ゲルマニアがなくなってるかもしれないのにです?」

「え、それは困る」


 兵器を開発するのに要する時間と比べ、戦況の変化は非常に速い。ひょっとしたらゲルマニアが敗北しているかもしれないし、或いは逆にゲルマニアが勝利して戦争が終結しているかもしれない。


「まあ、負けることはないと思いますよ。ゲルマニアの塹壕線は難攻不落です。逆に勝ってしまう可能性ですけど……」

「勝つのは……別にいいんじゃない? だってエリーゼがお金をくれるでしょ?」

「それはどうしましょう……」

「ええ……?」


 ライラ所長は弱弱しく、しかし心底驚いたような声を出した。


「だって、私がライラ所長をお助けしているのは、シグルズの助けになるからですよ? 戦争が終われば、新しい兵器を作る必要もないでしょう?」

「う、うう……」


 ライラ所長は何も言い返せなかった。

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