大八洲の戦略Ⅲ

「しかし……このような時は何から始めればよいのだ?」


 晴虎は論争というもののやり方に不慣れなのである。


「今であれば……我らは二つの閥に分かれておる。しかるに、各々の考えをより深く聞くべきではあるまいか?」


 信晴は言う。何ら特別なことではなく、取り敢えずは各々の意見を詳しく説明してもらおうと。


「で、あるか。ではまず、武田殿から、考えを詳らかに説明してもらおう」

「承知した。儂は、大南大陸にまで軍を進めることは、竹馬に乗ったまま戦をするようなものと考える。あそこまでの遠くで戦をすれば兵糧も持つまいし、後詰を送ることも難しい」

「ふむ。取り立てて異なことではないな。理に適っておる」


 信晴側――日出嶋を制圧すれば十分だと考える派閥の意見は単純だ。敵の本拠地で戦をするとなれば、鬼石や武器など大量の物資が必要になる。それを大八洲から運ぶのは無理があると。


「加えて、儂がこれを竹馬と喩えたのには理由がある。大南大陸を攻め落とすことが出来ないばかりか、一度転べば大怪我を負い、皇國を危機に追い込むことになりかねますまい」

「ふむ……と言うと?」

「大南大陸に兵を送り、それが転んで壊滅すれば、大八洲を守る者はいなくなり、ひいては唐土の者どもが反旗を翻すやもしれません」


 ただ勝てないばかりではない。負ければ当然本国を守る兵が減るし、それで調子に乗った従属国が一斉に天子に歯向かうかもしれない。そうなれば大八洲は滅びる。


「なるほど。何も間違っていないと聞こえるな。では、伊達殿はどうだ?」


 信晴の意見を聞いた晴虎は、次にいつの間にか積極派の頭目になっている晴政に尋ねた。


「相分かった。しかし、まずは武田殿に問いたい」

「ほう?」

「日出嶋を奪い返した後に和を結ぶということは、無論、ヴェステンラントにこれ以上狼藉をしないように約定を結ばせるということだな?」


 信晴は暗黙裡にヴェステンラントと講和条約を結ぶことを前提としている。日出嶋まで落とせばヴェステンラントも話を聞かざるを得ないと。


「そうなるな。あえて聞くまでもあるまい」

「では、更に問おう。奴らが約定を守ると思うか?」

「ふむ……」


 信晴は言葉に詰まった。開戦の後に占領した領土を全て失えば流石のヴェステンラント人とて講和を呑まざるを得ないと思っていたが、その保障はどこにもない。


 信晴もこの点については晴政と意見を同じくしていた。


「そう、奴らのことなど信用出来ぬ。であるからして、我らは、奴らが東亞に手を出せなくなるまで叩きのめさなければなりません」


 約束を守ると信用出来ないのならば、約束を守らざるを得ないようにしてやる他ない。


 そもそも東亞に近い大南大陸にヴェステンラントの拠点があるから戦が起こったのであって、それを滅ぼせば海を隔てて遠く離れたヴェステンラントと大八洲が戦を起こすことなど出来なくなるだろう。


「で、あるか。伊達殿の言葉もまた、正しいと聞こえるな」

「もっとも、俺としてはヴェステンラントも滅ぼした方がいいかと思いますがな」

「……ヴェステンラントにまで攻め込むのが馬鹿げたことであることくらい、伊達殿でも分かるであろう」

「何、ほんの冗談です」


 という訳で、双方の主張は揃った。


「武田殿の言うように、大南大陸にまで攻め込むことが危険であるのは確かだ。しかし攻め込まねば近いうちにいずれ戦が起こり、幾度となく同じことを繰り返す羽目になる。どちらを取るべきかという話だな」


 まとめるとそういうことになる。つまるところ、東亞の安泰の為にいずれ冒すべき危険を今冒すか後に回すかとという問題である。


 ここまで論点が整理されれば、結論を出すのはそう難しいことではない。


「俺たちがここまで来られたのは晴虎様の采配のお陰。晴虎様に比肩する才を持った者が、後世に現れるとは思えねえな」


 割と中立の立場を保っていた唐土征伐の英雄、嶋津薩摩守昭弘は言った。


 冷静に考えると、こんなところにまで兵を進められているのは奇跡に等しい。晴虎のような鬼謀がなければ不可能だったであろう。いつでも大南大陸に攻め込めるかのように話し合っていた方がおかしいのである。


 それが決め手となった。大南大陸に攻め込める機会が今しかないのなら、今ヴェステンラントを打ち払わねば永遠に平和は訪れない。


「ふむ……我は毘沙門天の加護によって悪を打ち払ったに過ぎない。とは言え、皆がそう言うのなら、我の采配が優れているとしておこう。なれば、どちらを選ぶべきかは自ずから明らかである。日出嶋を攻め落とした後は、我らは大南大陸にまで攻め込み、ヴェステンラントを征伐する」

「……よかろう。晴虎様がそう仰るのなら、誰も異論はありますまい」


 信晴は潔く負けを認めた。いずれの大名も自分の意見に拘泥して全体を害する愚か者ではない。


「うむ。頼むぞ」

「しかし晴虎様、最初からこうするつもりでありましたな?」

「そんなことはない。我はただ、皆の意見を聞き、大南大陸に攻め込む方がよい方策であると考えただけだ」


 かくして大八洲は、ヴェステンラントとの全面戦争を継続することを決定した。

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