大八洲の戦略Ⅱ

 兵の上陸は完了し、取り敢えず状況は落ち着いた。一時は喧騒に溢れていた港町も、すぐに普段通りののどかな様子に戻りつつあった。


 晴虎はこの町における問題は解決されたと判断し、ただちに諸大名を集め、軍議を開いた。


「寂しくなったものですな、晴虎様」


 隻眼の大名、伊達陸奧守晴政は言った。と言うのも、これまでは数十の弱小大名も軍議に参加してなかなか賑やかであったのが、今では十人もいないからである。


「で、あるな。とは言え、何を為すべきかは何も変わらぬ」

「そうですな。どの道、ここに来られない大名など、大して役には立ちますまい」

「伊達殿、そのような言は聞き流せませぬぞ」


 武田樂浪守信晴に次ぐ長老格であり、朗らかな老翁といった感じの大名、毛利周防守元久は諫めるように言う。晴政との歳の差もあって、まるで子を諭す親――いや孫を諭す祖父のようだ。


「何が悪い? ここにいるような大大名以外で策を献上出来た者などいたか? いや、まあ少しはいたが……大したものではあるまい」


 確かに、軍議で作戦を提案してきたのはいつもここにいるような大大名である。中小の大名は、たまに文句を言うか賑やかしをするくらいなもの。


「確かに、目立ったことはしておらぬかもしれんな」

「だろう?」

「だが、百万一心。国と言うのは目立たぬ者こそが作り上げたるもの。民や兵がいなくても、奉行も武将も何も出来まい」

「そういう話か……? まあいい。そういうことにしてやろう」


 晴政は、これ以上話し合っても時間の無駄になるだけの気がした。


「話は終わったか?」

「はい、晴虎様」

「うむ。では、始めよう。我が諸将に問うべきは、即ちどこまで戦を続けるべきかということだ」

「どこまで、とはどういうことだ?」


 晴政は後ろ向いて、伊達家の家臣に聞く体で、諸大名や晴虎にも聞こえるように言った。


「言ってしまえば大南大陸まで攻め込むべきか否か、ということであろう」


 最長老の武田樂浪守信晴は言う。


「ほう?」

「この日出嶋からヴェステンラントを追い払うことは決まっておる。が、その先に何をすべきかを、我らはまだ決めてはおらぬからな」

「ふむ……なるほどな」


 これまでは、裏切り者のマジャパイトを征伐すること、ヴェステンラントに侵略された土地を解放することなど、明確な目的があって進軍してきた。


 が、この日出嶋を解放した後、その先にあるのは元からヴェステンラントの領地だった大南大陸である。そこまで攻め込むべきかどうかは誰も言い及んでいない。


「では、武田殿はどう思うのだ?」


 晴虎は信晴に意見を求めた。上杉家と武田家の中は悪いとは言え、この中で最も経験豊富な彼の言葉を求めるのは至極当然のことである。征夷大將軍たる晴虎が公私を混同するようなことはない。


「儂なれば、日出嶋を落としたところでヴェステンラントと和を結ぶ」

「何故だ?」

「元より、我らが戦を始めたのは、東亞を侵すヴェステンラント人どもを打ち払う為。奴らの本領にまで攻め込む必要はありますまい」


 信晴は保守的だ。


 名目上も日出嶋以上に攻め込む必要はないし、本当の目的である東亜からヴェステンラントの影響力を除くというのも、日出嶋さえ落とせば達成出来るであろうと。


「なるほど。理に適った策である。他の者はどうか」

「それでは、俺から言わせて頂こう」


 晴政は堂々と名乗り出た。


「うむ。聞かせてくれ、伊達殿」

「当家としては、この際は一気呵成に大南大陸にまで攻め込み、ヴェステンラントを東亞全局より完全に駆逐すべきと考えます」

「ほう?」

「大南大陸などという近場にヴェステンラントの城を残していては、いずれまた同じことが起こるだけのこと。百年先にはまた大八洲とヴェステンラントは戦になっているでしょう。なれば、先に禍根を除くしかないのではありませんかな?」


 ヴェステンラントに侵略を受けた地を解放するだけでは足りない。ヴェステンラントを東亞から完全に追放せねば、東亞に真の平穏を訪れない。


 晴政はそう主張するのである。


「で、あるか。ヴェステンラントを大南大陸に捨て置き平穏は訪れるのか否か……皆はどう思う?」


 結局のところ争点はそこである。ヴェステンラントの植民地を滅ぼすべきか否か。或いは、それを滅ぼさずして平和を得ることは可能か。


 多数決などという野暮な手段を取る気はないが、一応は諸大名に意見を問うてみたところ、見事に真っ二つに別れてしまった。


「うむ……」


 晴虎はこのような状況に対処するのは苦手だ。戦場で見せる電光石火の采配も、話し合いの席ではその影すら見えない。


「それでは、晴虎様はどうすべきだと思われるのか?」


 信晴は晴虎に問うた。確かにここにいる大名で晴虎だけが何も主張していない。


「無論我にも考えはあるが、我が何かを言えばそうと決まってしまおう。故に、我は何も言わぬ。どちらがよりよいのかが決まるまではな」


 普段なら晴虎が即断して話を纏めるところだが、そうしないということは、晴虎もまた迷っているのである。


「承知した。それでは、たまには言の葉で戦をしようではないか」

「望むところだ」


 たまにはこういう遊びも悪くはない。

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