大八洲の戦略

 ACU2311 6/5 黑尊國 日出嶋


 黑尊國は日出嶋――地球で言うとニューギニア島を中心とし周囲の島々に広がる国家であり、その名の通り肌の黒い者が人口の大半を占めている。


 この国はヴェステンラント合州国の植民地であるテラ・アウストラリスと国境を接しており、情勢は常に緊張していた。


 それが崩れたのは言わずもがな、ヴェステンラントと大八洲の開戦である。


 テラ・アウストラリスと黑尊國では黑尊國が明らかに劣勢であった。軍事力にせよ経済力にせよ、である。


 外部からの干渉がなければヴェステンラントは何事もなく黑尊國を滅ぼしていただろうが、大八洲はそれを許さなかった。大八洲は黑尊國に多大な援助を行い、ヴェステンラントへの圧力を加え続けた。


 それがマジャパイトの離反と開戦によって途絶え、黑尊國はあっという間にヴェステンラントに攻め滅ぼすされたのである。


 ヴェステンラントの統治は残虐を極めた。


 国王は処刑され、政府は解体され、ヴェステンラントの傀儡が支配を行った。


 ヴェステンラント軍は遊びのように現地の人々を殺し、傀儡の政府はそれに文句すらつけなかった。税は跳ね上がり、人々はその日の食べ物にすら困る始末。


 誰もヴェステンラントの圧倒的な軍事力に抵抗することも出来ず、人々は絶望していた。


 だが、それももう終わるかもしれない。


「晴虎様ー!」「やって助けが来たんだ!」「大八洲万歳!」


 ヴェステンラント海軍を容易く撃破し、大八洲軍は日出嶋に上陸した。そしてまずは橋頭堡を築くべく、小さな港町に入った。


 その煌めく甲冑に、黑尊國の民は大いに感謝し敬服した。口々に感嘆の超えを漏らし、歓声を上げて上杉四郞晴虎を囲んでいる。


「晴虎様、いかがしましょうか。民に喜んでもらえるのは結構ですが……」


 晴虎の直臣にして、上杉家の全ての軍を統率する黒衣の少女、長尾左大將朔は困った顔で進言した。まあつまるところ、人々が邪魔なのである。


 今ここでは通りを塞ぐ者が兵の動きを妨げているし、今後も民が晴虎を崇拝するのなら、何かと邪魔になってしまうだろう。


「よいではないか。民が我に感謝したいと言うのなら、全て聞こう」

「ですが……敵の地に踏み込んだ今、我らがなすべきは足元を固めることにございます。彼らの面倒を見ているような暇は……」


 まだ上陸したばかりで、大八洲の体勢は整っていない。可能な限り早く守りを整えるべきだと朔は進言するが――


「ヴェステンラントごときを恐れるか?」

「い、いえ、そのようなことは……」

「そうよ。ヴェステンラント人など、適当にあしらっていればどうにでもなるわ」


 朔と対をなす白の少女、麒麟隊隊長の長尾右大將平眞人曉はヴェステンラント人など取るに足らないと言わんばかりである。


「うむ。毘沙門天の加護の下にある我らが負けるなどあり得ぬ」

「承知致しました……」


 朔は不安を感じていた。この大戦が始まって以来、多少の苦戦を強いられることはあっても、晴虎が敗北というものを味わったことはない。そのせいで晴虎が慎重さを失っているのではなかろうかと。


「どうした、朔? 浮かない顔をしているようだが」

「……」

「その――我が方の兵はこれまでの半分ほどに減っています。ヴェステンラント相手とは言え、油断をなさるべきではございませんかと……」


 大八洲軍がこれほど早く進撃出来ている理由。それはこの行動についてこられない弱小から中堅の大名を後方に置いてきているからである。


 実際、日出嶋に上陸した大名は数えるほどしかない。具体的には上杉、武田、今川、伊達、北條、毛利、長曾我部、嶋津のみである。それらは大大名ではあるが、やはり中小の大名の兵力も軽んじられるものではなく、遠征軍の総兵力は半分ほどに減少し、現在は6万ほどである。


 敵の総兵力が12万程度であることを考えると、あまりにも少ない。


「……で、あるな。よかろう。民は丁寧に扱いつつも追い払え。ゆめゆめ害を加えるな。そのような者は直ちに打ち首とする」

「はっ!」


 晴虎も少々反省したようである。この町の民には大八洲の武士を妨げないように触れが出された。


「しかし……この後はどうされるおつもりなのでございますか? この島は広大で、六万の兵で押さえられるものではございません」

「民の心は我にあり。あえて押さえの兵を残す必要はあるまい。ヴェステンラントの城を落とし、その軍勢を撃ち滅ぼせばよいだけのこと」

「やはり、敵が倍の兵を持っていようと、合戦を挑まれるのでございますか?」

「であるな。倍程度なれば無理もなく勝てよう」

「承知致しました。わたくしも晴虎様を信じております」


 倍の数の敵と戦うことを前提にしているなど正気の沙汰ではないのだが、それが何の疑問も抱かれないのが晴虎である。


「うむ。そもそも、兵は増やせばいいというものではない。武将にはそれぞれ、己が扱える兵の数というものがある。我はそれに従っているだけのこと。ヴェステンラントの愚か者は、そうは思っていないようであるが」

「なるほど……」


 晴虎ですら6万で限界なのだ。ヴェステンラントにそれ以上の兵を導ける将軍はいないだろう。

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