蠢く策謀

 その日、ヴェステンラント女王ニナは、実の所ルテティア・ノヴァにいた。七公会議に参加する気はさらさらなかったが。


 どうしてここに舞い戻ってきたかと言えば、ルーズベルト外務卿に会う為である。ニナは予告もなく外務卿の館に殴り込んだ。


「これはこれは女王陛下。わざわざ私のような者にお会いになる為に、ここまでご足労を願えるとは」


 驚いた様子も見せず、ルーズベルト外務卿は恭しく応対した。その様子はいつも通り非常に胡散臭いものであった。


「礼など要らん。余はお前と話をしに来た。取り敢えず座れ」

「はっ」


 ルーズベルト外務卿は普段の執務机から降り、一番低い椅子に座った。一方ニナは机の上に足をぶらぶらさせながら座った。


「それで、本日にどのようなご要件でありましょうか?」

「貴様がこの戦争――世界大戦を引き起こしたことについてだ」

「私が引き起こした? 私は外務卿として、ヴェステンラントの国益が最大になるよう行動したまでです。戦争というのはあくまで――」

「そんなことは聞いていない。貴様が戦争を起こしたくて起こしているのを余は知っている」

「これはこれは……」


 ルーズベルト外務卿は不気味な笑みを浮かべた。それはニナの言葉を肯定するも同然であった。


 様々な偶然が重なったにせよ、ルーズベルト外務卿が戦争を起こしたいという意志を持っていたことは事実なのである。


「それで、どうされるのですか? 私を背任の罪で処刑でも?」

「いや、貴様の命などどうでもいい。……違うな、寧ろ貴様にはこれからも外務卿を続けてもらいたい」

「……? それはどういう……」


 ルーズベルト外務卿は困惑して表情を隠せない。初めて本音が顔に出たしまった瞬間だ。


「余もまた、戦争を望んでいたということだ」

「ほう……」

「我々に逆らう者は殲滅する。ヴェステンラント以外に許される道は、我らの奴隷となるか絶滅するか、ただその2つのみ。そうは思わぬか、ルーズベルト?」

「無論です。平和主義など愚かなこと。我々に逆らうものを絶滅しらこの世界を全て手中に収めることこそ、我が合州国の明白なる天命です」

「明白なる天命か。なかなか面白いことを言う。やはり貴様にはこれからも外務卿を続けてもらわねばならぬようだな」


 狂人と女王は今、最悪の意気投合をした。本来は戦争を回避するべき外務卿が戦争を推進するとなれば、ヴェステンラントに戦争以外の選択肢などない。


 この戦争には激化する以外の選択肢がないのである。


 〇


「オーギュスタン、ルシタニアを滅ぼせ」

「それはまた、どういう了見か?」


 七公会議にいきなり現れた女王ニナは、赤公オーギュスタンに唐突に命じた。


「あんな国など、生かしておく価値もない。速やかに滅ぼし、全兵力を対ゲルマニア戦線に向けよ」

「しかし女王陛下、確かにルシタニアなど取るに足らない国ではあるが、ガラティアとの壁になるのは重要だ」

「ガラティアごときに恐れをなすか?」

「ガラティア帝国の魔導兵はおよそ10万。合わせて12万程度のエウロパ遠征軍にとっては十分な脅威だ」

「まったく、お前のようなものがその程度のことで行動を躊躇うとはな。第一、ガラティアが自ら我らに仕掛けてくることはない。そのくらいは知っているだろう?」


 ガラティア帝国のスルタン――アリスカンダルは、大八洲との戦争で壊滅的な敗北を喫して以来、国境警備程度の軍事行動しか起こしていない。


 そんな彼が大八洲より遥かに強大なヴェステンラントに自ら仕掛けてくるだろうか。答えは否である。


「確かに、その可能性は低いだろう。しかし、万が一にもガラティアが介入してくれば、これまで我々が築いた成果は全て崩れ去る。それでもよいと言われるのか?」

「心配するな。その時は我が軍をエウロパに送ろう」

「ほう? ついに女王陛下の軍隊が動くと?」

「そうだ。せっかく拡大した軍備、使わずしては宝の持ち腐れではないか」


 ヴェステンラントの最新技術は女王の所領である陰の国の軍隊に結集されている。確かにそれを使わなければ宝の持ち腐れではある。


「陰の国の軍は、我らの本土を侵そうとする愚か者への抑止に使うべきでは?」

「一度は使わなければ、我が軍の力を知らしめることは出来まい」

「……それもそうか」


 オーギュスタンが珍しく考えることに時間を要した。


 と言うのも、彼のような賢い者ならば陰の国の規模を書面で知らされただけでその強大なのを理解出来るが、普通の人間は実際にやり合って見ないと分からないと、そのことを失念していたのである。


「なれば本気か? 本気でルシタニアを滅ぼすことを命じられると?」


 オーギュスタンは正直言って冗談だと思っていた。


「余は最初から本気だ。とっととルシタニアを滅ぼせ。お前の娘が活躍する絶好の機会でもあるのだし」

「――承知した。クロエも異論はないか?」

「ゲルマニア戦線が楽になるなら歓迎しますよ。問題ありません」

「うむ。それでは良きに計らえ。余は帰る」

「まったく、わがままな女王陛下であらせられる」


 ニナはそれだけ言って会議から去った。5分も経たずにルシタニアを滅ぼすことが決定されたのである。

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