困った女王
「ところで、近頃女王陛下がダキアへの支援を決めたことなのだが……」
陽公シモンは言いづらそうである。女王について言及するとなって下手なことをしでかすと、自身の進退を決めかねない。
とは言え国を憂う彼としては、何としてもこの問題をはっきりさせる必要があった。
「それが、どうかしましたか?」
宰相エメは女王の代理として応じる。
「陰の国は今、ダキア大公国に大量のエスペラニウムと魔導装甲を送っていると聞く。まず、それは間違いないか?」
「ええ。その認識で間違いはありません」
「ふむ……エスペラニウムを送るだけならば問題はないのだ。だが、我が国の武器や防具を送るというのは、いささか問題ではないか?」
「問題とは?」
「魔導装甲は我々が長い時間をかけて洗練し、量産を可能にした兵器だ。その技術をダキアにタダでくれてやるというのはどうも……」
ダキア軍はこれまで魔導装甲を製造する技術を持っていなかった。少数精鋭の魔女の運用に絞り、魔導兵の運用を考慮していなかったからである。
それ故に魔導装甲を供与しなければ8万の大軍も使い物にならないというのは理解出来るのだが、シモンはいまいち納得出来ないでいた。
「では逆に、エスペラニウムだけを渡せばよかったと?」
「――そういうことではない。魔導装甲を供与しなければゲルマニアにエスペラニウムを与えることになりかねないというのは理解出来る。が、それを何の対価もなく分け与えるというのはどうなのかと思うのだ。これではまるで施しをしているようではないか」
渡さざるを得ないことは、シモンは十二分に理解している。問題はそれに正当な対価が伴っていないことなのである。
「対価……ですか」
「そうだ。対価だ」
「彼らは自国民の血を流している。それは対価とは言えない?」
感情の起伏が皆無な物静かな少女、黒公クラウディアはボソッと口にした。確かにダキア人はヴェステンラント人に代わって血を流してくれている。
「それはそうではあるが……我が国にとって得るものはないではないか」
「エウロパ方面軍の負担が軽くなる」
「負担か……しかし、オーギュスタン、エウロパ方面軍はあえて攻め込んでいないのではなかったか?」
「ああ。そうなるな」
「であれば、あえてダキアを戦わせずともよかったということにはならないか? ああ、別にクラウディアを批判したい訳ではないんだが……」
ダキアを戦わせるのなら、ヴェステンラントの技術を輸出(というか施す)のは仕方のないことだ。しかしダキアを支援するという戦略自体が正しいのかと、シモンは疑問を呈するのである。
「そこのところはどう思う、クロエ?」
シモンはゲルマニア方面を最前線で担当するクロエに尋ねた。ゲルマニアとの戦争を最もよく知るのは彼女である。
「そうですね。今すぐにあえて何らかの策を取る必要があったかと言われると、答えは否です。ゲルマニア軍が攻め込んできたとしても、こちらが負けることは万が一にもあり得ません」
「なるほど。しかし、ということは、いずれは必要になることだったのか?」
「はい。大八洲方面が落ち着き、ゲルマニアを攻略すべく攻勢を仕掛けた場合、ダキア方面からの圧力が必要になる可能性はあります」
「それについてはやってみないと分からないということか……」
「言ってしまえばそういうことになります」
本来は敵の実力を完璧に把握した後に戦争に挑むべきであるが、ゲルマニアの技術は著しく進歩しており、どうなるか予想がつかない。
例えば前線に投入される戦車の数が分かったてしても、どれほどの兵力をぶつけるのが適正であるのか、ヴェステンラント軍は未だに判断出来ていない。
ゲルマニアの新兵器の実力が予想以上だった場合はダキアを戦争に引きづりこんだのは正解だと言えるし、思ったほどではなかったのならダキアにただ技術と物資を贈答したということになる。
「分かった。陛下の行動が正しかったのかの判断は、歴史家に任せよう。しかし、やはり陛下には我々と事前に相談して頂きたいものなのだが……」
「お願いをしたところで聞いてくれる陛下ではあるまい。いつものことだ。諦めろ」
「いつものことと放置していいのか、オーギュスタン?」
「陛下の気まぐれはいつも、なかなか面白いことを運んできてくれるではないか」
「国家の大事を一体何だと思っているんだ……」
「今のところはさしたる問題も生じていないし、陛下もああ見えて常識人だ。我が国の利益となることしかされていないだろう」
「それは……確かにな」
女王はいつも誰にも相談せずに動き回るが、それがヴェステンラントの不利益になったことは一度もない。故に七公会議は女王の行動を追認し続けてきた。
「しかし、ゲルマニアやダキアのような挙国一致を図るべきこの時勢においてそれはな……」
「陛下を縛り付けてもいいことはない。陛下にはいい具合に盤面を掻き回してもらった方が、我が国にとって有益というものだ」
ゲルマニアのような理性本位で動く国にとっては、女王のような存在は非常に厄介だ。その点、女王にはこれからも暴れ回っていてもらった方がいいのである。
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