第二十二章 各国の戦略

ヴェステンラントの戦略

 ACU2311 6/2 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿


 ヴェステンラント合州国の全てを決めると言っても過言ではない七公会議。


 世界大戦の開戦以降、七人全員が集まることなど滅多にないが、今日は珍しくその全員が集まっていた。相変わらず女王は不在であり、女王の母である宰相エメが代理で出席してはいるが。


「それで、西部戦線の様子はどうなのだね? 黄公ドロシア君?」


 エウロパ遠征軍の総司令官、傲岸不遜の赤公オーギュスタンは黄公ドロシアに挑発的な態度で尋ねた。


 対して大八洲方面軍の総司令官のドロシアも、足を組んだまま不貞腐れた態度で答える。が、それはバツの悪さを誤魔化す為のものだった。


「チッ。いい訳がないでしょ……」

「まったく、ヴェステンラントの大公ともあろうものが弱気ではないか」

「勝てないものは勝てないわよ。あの軍神が……」


 大八洲の指導者、上杉四郞晴虎。暫くは沈黙を保っていた彼だったが、いざ攻勢を始めたかと思えば、嵐のような勢いでヴェステンラント占領地に攻め込み始めた。


「大体、どうしてあんなに早く兵を動かせるのよ。あんな大名の寄せ集めの軍隊を」

「それは君が考えるべきことではないか?」

「チッ。考えて分かるんだったら何とでも出来るわよ」


 大八洲軍は数十の大名の連合軍であり、それが機敏な動きなど取れる筈がない。ヴェステンラントは昔からそう想定してきた。


 が、いざ戦争となるとその予想はまるで当たらず、ヴェステンラント軍より遥かに迅速な行動を続けている。


「まったく、やってなんないわよ、あんなのの相手は」

「そうか。では私が変わろうか?」

「うるさいわね……」


 ドロシアもオーギュスタンも冗談を言っているだけだ。今更配置転換などやってはいられない。


「大体、あんたこそ、ゲルマニアはともかく、ルシタニアみたいな雑魚相手に一体何年手間取るつもり?」

「ルシタニアは滅ぼさないのではない。あえてあのまま生かしているのだ」

「は? どういうこと?」

「ルシタニアを滅ぼしたらどうなる? 我が国はガラティア帝国と直に接することになる。万が一にでもガラティアの参戦を招けば、面倒なことになりかねん」

「あっそう……」


 ルシタニア王国は最早脅威にすらなり得ない。であれば、ガラティア帝国に対する防壁として生き永らえてもらった方が得である。


 赤公オーギュスタンはそう判断し、前線を指揮する娘のノエルに戦線の維持だけを命じていた。


「という風に、我が国では国家としての戦略というのものがおざなりになってしまっています。今回の七公会議は、それを解決する意味もかねています」


 宰相エメはここぞとばかりに宣言した。ヴェステンラントは各大公国の自主性が強く、他の大公国の考えていることが共有されていることの方が少ない。


 これまではそれでも大した問題はなかったが、世界を相手に戦うこの戦争ともなれば、戦略の統一は必要だろう。宰相エメはそうした考えの基、今回の会議を開いたのであった。


「ええ。エウロパの戦線を膠着させている理由、ドロシアはご存じですか?」


 白公クロエはドロシアに尋ねた。


「理由? あんたたちが前に失敗したからじゃないの?」

「それも確かにありますが、万が一の時に備えて兵力を温存しています」

「万が一?」

「テラ・アウストラリス植民地へ大八洲の侵攻を許した場合に備えてですよ?」

「チッ……要らないことを……」


 元はと言えばゲルマニアを撃滅する為に始めたこの戦争だが、ヴェステンラントにとって最大の脅威は大八洲となっている。


 機械文明の発達は魔法の国であるヴェステンラントの存立を脅かす脅威であるが、それよりも大八洲の圧倒的な軍事力に対処する方が先だ。未来の心配をしているうちに大八洲に滅ぼされては元も子もない。


 そういう訳で、晴虎が暴れ続けている限り、ヴェステンラントが進んでゲルマニアに攻め込むことはないだろう。


「しかし……ここは本気で西部戦線への更なる派兵を考えるべき時ではないか?」


 数少ない常識人、オーギュスタンの友、陽公シモンは言った。


「派兵すると言っても、どこから出すんだ? 手隙の国はないだろう?」

「それならば、我が国から兵を出そう。女王陛下も動かれているのだ。昔ながらの伝統に縛られるべき時ではないのは、誰の目にも明らかだろう」


 ヴェステンラントの建国以来、陽の国と陰の国は外征に出ないのが常であった。特に理由はない、ただの意地である。


 が、女王が自ら(勝手に)動き出した今となっては、そんな伝統もないようなものだ。今日まで完全な形で温存されてきた陽の国の軍、およそ10万を動かす時が来たのかもしれない。


「どうかな、ドロシア?」

「どうかなって何よ」

「つまりは……私に兵を出して欲しいか?」

「チッ……少しくらいなら、勝手に送れば。わざわざ邪魔なんてしまいわよ」

「分かった。こちらで準備を進めよう」


 ついに全ての大公国が動いた。いよいよヴェステンラントも総力戦体制に移行しつつあるのだった。

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