到着

 ACU2311 5/12 ダキア大公国 メレン


 メレンの城壁は開かれ、遠路を旅してきた装甲列車はゆっくりと入城した。グンテルブルクからメレンまで敵の領土を突っ切るという無謀極まる作戦は成功したのである。


 が、出発した当初の輝ける装甲列車の姿は既になく、殆どの列車が傷だらけになり、その姿は命からがら逃げ延びてきた兵士のようだった。


「よく来てくれた、シグルズ。よくぞ無事にここまで来てくれた」


 ローゼンベルク司令官はシグルズの肩にぽんと手を乗せた。


「はっ。ありがとうございます」

「しかし……ここまで酷いことになっているとは……」


 ローゼンベルク司令官は、改めて装甲列車に目を移した。


「はい。ここに至るおよそ2週間、ダキア軍からの襲撃がない日はなく、装甲列車はこのようにボロボロになってしまいました」


 ホルムガルド公アレクセイと対峙した時のような大規模な襲撃はなかったが、その後も毎日小規模な襲撃は続いた。


 その度に最低限の修理をせざるを得なかった為、徒歩で2週間程度の距離を走破するのに2週間近くかかってしまったのである。


「そうか……だが、貫通を許した損傷はないようだな」


 傷はどれも表面が傷ついただけであり、穴が開いているような損傷は見られない。


「はい。ここまでの旅路において、敵の魔導弩によって装甲列車の装甲が貫通されたことは、1度もありません」

「それは何よりだ。魔導弩に抜かれるようでは、装甲列車の意味がないからな」

「はい。しかし、1両は装甲を完全に破壊され、放棄せざるを得ませんでした」

「7号車のことか。やはり、いかに強固な装甲と言えど、焼き切られないようにするのは不可能か……」


 魔導剣というのは高温でものを焼き切る剣である。魔導弩からの一瞬の衝撃ならば耐えられるが、魔導剣を長時間当てられると装甲は溶けてしまう。


 地球でいうところの溶接に近い現象である。


「そうか……敵が溶接を学習する可能性もあるのか……」


 シグルズはふとその可能性に思い至った。ダキアやヴェステンラントが魔導剣を応用した溶接技術を発明するかもしれない。


 もしそうなればゲルマニアより強力な兵器を手軽に作られるかもしれない。そんな相手にゲルマニアは勝ち目がない。


「何だって?」

「ああ、いえ、なんでもないです」

「で、ちゃんと物資は運んで来たんだよな?」

「はい。戦闘で1割程度が失われてしまいましたが、想定通りの量を輸送することに成功しました」


 ゲルマニア軍も積み込んで物資をそっくりそのまま運べるとは思っていない。ある程度が燃えるのは想定済みだ。そして今回失われた量はその範疇である。


「これで、向こう1週間は食べて行けるか」

「はい。そうなります」


 これだけ苦労しても運び込めた物資はたったの1週間分だけ。メレンや他の都市に駐屯する6万、たった4個師団を維持するだけでもこれだけの物資が必要なのだ。


「だが、装甲列車がここに来た。その意味は大きいな」

「ええ。ヘルシングフォシュとメレンを繋ぐのなら、そう難しいことではありません。魔法に頼るというのは納得し難いですが……」


 スカディナウィア半島からメレンに至る領域は、一応はゲルマニア軍の勢力圏である。敵のゲリラを制圧することは出来ていないものの、数千人規模の部隊が襲撃に来ることはありえない。


「まあ、暫くは毎週装甲列車を動かしてもらうぞ」

「承知しています……」


 毎週とは言うものの、実質的にはほぼ常に装甲列車を動かし続けなければならない。シグルズはため息を吐いた。


「まあまあ、暫くの辛抱だ。線路の敷設は全速力で進めさせているし、スカディナウィア半島産の装甲列車も、直に完成する」


 線路が完成すればシグルズが働く必要はなくなるし、装甲列車が増産されればダキアの更に奥地への侵攻も可能となるだろう。


「それに、まだ5月だ。これから気候はマシになるだろう。心配することはない」

「そうですね。春に攻勢を開始して正解でした」


 夏にロシアに攻め込んだナポレオンやらヒトラーは(両名ともに同じ日に作戦を開始した)、冬の到来までにロシアを降伏させることが出来ず、冬将軍に叩きのめされた。


 その点、多少の寒さ(ダキアにしてはの話で、ゲルマニアとしてはかなり寒い)を覚悟の上でも春に攻め込んだのは正解だった。まだまだ体勢を整える猶予がある。


 防御を整えるなり電撃的な侵攻を試みるなり、やれることはある。


「幸いにして、このメレンは難攻不落の要塞だ。まあ向こうから攻め込まれて負けることはないだろうな」

「東部方面軍総司令官殿に言われると、説得力がないのですが……」


 二度までも落とされている城のどこが難攻不落だと言うのか。いずれもかなりの奇策を用いたとは言え、城というものへの信頼感はかなり薄まっていた。


「ま、まあそうかもな。しかし……正直言うと、ここから更に奥地まで侵攻出来るかと言われるとな……」

「確かに、今年中の攻勢は厳しいですかね……」


 これから3か月以内には準備を完了させなければ、攻撃を仕掛けるのは難しい。


「あと一年は、このままかもしれんな……」

「そうですね……」


 ダキアとの戦争は早々に膠着し始めていた。

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