装甲列車防衛戦Ⅳ
「このまま突入しますか……?」
「それは危険が大き過ぎるな……」
穴ぼこだらけになった扉を見つめながら、ヴェロニカとオーレンドルフ幕僚長は何も出来ないでいた。
「ここで師団長殿がいてくれればよかったんだがな……」
「そうですね……」
シグルズがいれば正面に分厚い壁を作り、ダキア兵からの攻撃をことごとく無力化してくれただろう。
が、シグルズは対空戦闘で忙しく、自分たちだけで何とかせねばならない。
「しかし、このまま敵に占領されたのを放置する訳には……」
「そうだな…………ん? いいや?」
「ど、どうしました?」
オーレンドルフ幕僚長の脈絡のない言葉に、ヴェロニカは戸惑う。
「別に列車を奪還する必要などないではないか、とな」
「え? 敵を乗せたまま走り出すと……?」
「いやいや、そうではない。敵が占拠している列車を切り捨ててしまえばいいんだ」
「な、なるほど……」
ヴェロニカはいまいち理解出来なかったが、取り敢えず幕僚長に従うことにした。
「ではまず、後方、8号車の状況はどうか」
「はい。ええ、8号車については既に扉を厳重に固めており、敵の侵入は決して許さない、とのことです」
「了解だ。それでいい」
オーレンドルフ幕僚長が直接指揮した5号車のように、8号車への扉の前にも数十人の兵士が構え、敵の侵入を許さない体勢を取っている。
今は敵を完全に7、6号車に閉じ込めた形となっているのだ。
「よし。では次に機関車に連絡。500パッスス後退だ。まあ大体でいい」
「は、はっ!」
これも訳が分からなかったが、ヴェロニカは言われた通りに機関車に命令を伝えた。
装甲列車の後ろにはシグルズの敷いた数十キロパッススの線路が完全な状態で残っており、後退は容易なことである。
列車はすぐに後退し、帝国鉄道の優秀な機関士たちは、ほぼ正確に500パッススだけ列車を後退させた。目印も何もないのにやり遂げるとは、流石は労働省の用意した人材と言ったところ。
「停止――しましたね」
「ああ。では次に8号車に連絡。7号車との連結を切れ」
「はっ」
8号車の部隊は連結装置を破壊し、扉を固定した。これで8号車より後ろが車列から完全に分離した。
「作業が完了しました」
「では次に、250パッススほど前進」
後方の車両を置いてきぼりにしたまま、機関車は全身を始めた。そしてオーレンドルフ幕僚長の命じたとおりの距離だけ進み、ぴたりと停止した。
「よし。じゃあこいつを破壊して――」
オーレンドルフ幕僚長は連結装置に小銃を向け、躊躇なく打ち抜いた。連結装置は破壊された。
「そしてまた250パッスス前進せよ」
そしてまた前進。最初に後退を始めた場所に寸分の狂いなく戻った。こうすることで5号車より手前の列車だけが前進し、7、6号車だけが真ん中に取り残される形となった。
こうしてダキア兵を車列から切り離すことに成功した訳である。
「これで……一応の危機は去りましたね……」
「ああ。車両の切れ目が弱点ではあるが……まあ問題ないだろう」
装甲列車は端っこから端っこまでつながっていることを前提に設計されている。車列を分断した切れ目には武装など何もなく、ただの鉄の壁のようなものだ。
とは言え敵もかなり数を減らしており、オーレンドルフ幕僚長は心配することもないと判断した。
○
一方その頃装甲列車の屋根の上で。
飛行魔導士隊は堅固な陣形を組んで守りを固め、装甲列車からの対空砲火を防いでいた。しかしそれは攻撃を仕掛けられないということでもあり、戦況は完全に膠着状態に陥っていた。
「どうするの、この状況?」
クリスティーナ所長はシグルズに尋ねた。
「そうですね……地上の方は大体片付いたようですが、飛行魔導士隊がいては発進出来ませんからね……」
「そうだ。だったら敵の塹壕線に砲撃してみれば?」
「と言うと?」
「あいつらもⅢ号の砲撃を無視はしないでしょう? 少しは戦況を動かせるんじゃない?」
友軍が吹き飛ばされているのを放置は出来まい。汚いと言われても、これは戦争だ。知ったことではない。
「確かに。ではやってみますか」
シグルズはⅢ号装甲列車に命じ、既に再装填を完了している列車砲の火を再び噴かせた。砲弾は遥か遠くの敵陣に着弾し、ここからでもはっきり見える土煙を上げた。
車列全体が大きく揺れ、列車砲からは硝煙が上がる。
「お、来た」
「そうね」
飛行魔導士隊がその陣形を僅かに崩した。そして次の瞬間、Ⅲ号装甲列車に向かって全軍で突撃を始めたのである。
「総員、全力で迎撃せよ! 敵を通すな!」
各列車の天井に設置された対空機関砲が一斉に動く。Ⅲ号装甲列車からは直上へ、他の車両は斜め上に銃弾を放ち、立体的な十字砲火が行われる。
数人が墜落し、圧倒的に濃密な対空砲火に臆したのか、飛行魔導士隊はそこで停止して、再び防御陣形を整えた。
「ふん。私の装甲列車に傷をつけられる訳がないじゃない」
「6、7号車が奪われてるのですが……」
「そ、それは……ちょっとした不運よ! 設計の欠陥……なんだけど……」
敵の侵入を許したのは、列車のすぐ側の敵を攻撃する手段がないからである。これは設計の見直しが必要な問題だ。
「しかし……また膠着してしまいましたね……」
「そうね。どうしましょうか」
結局この100人程度の魔女がゲルマニア軍にとって一番邪魔な存在であった。
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