初遭遇戦Ⅱ

 が、その時だった。


「っ、爆弾!?」


 飛行魔導士隊に向かって何個かの球形の物体が飛んできて、それらが爆発を起こした。エカチェリーナ隊長は反射的に目を守り、受け身の体勢を取った。


 が、何ら衝撃が来ることはなく、破片などが飛んでくることもなかった。代わりに辺りを満たすのは――


「煙……? 煙幕ということね……」


 まるで真冬の極北にいるように、視界が真っ白に染まった。自然に出来るものではない、明らかに煙幕とすることを意図した煙である。


「総員警戒! 煙の中かから出てくるつもりよ!」


 煙で飛行魔導士隊の連携を断ち、分断された魔女たちを一人ずつ殺す。それがゲルマニアの戦い方だとエカチェリーナ隊長は判断した。


 奇襲を仕掛けられては弩では間に合わない。白兵戦の為に剣を抜き、飛行魔導士隊は来るべき敵兵に備えた。


「な、何も来ませんね……」

「そう、ね……」


 拍子抜けだった。シグルズやらシュルヴィやらがウザったい台詞を吐きながら飛び回ることはなく、ただ列車の走行音だけが響き渡る。


 が、その時、頭が痛くなるような凄まじい金属音が飛行魔導士隊の耳をついた。


「な、何!?」

「列車が急停車しました!」

「そ、そう……」


 あまりの勢いで車体が前のめりになりながらも、装甲列車は急停止した。そうして走行音すら消え、戦場は完全に沈黙した。


「なるほど。こうすれば別にシグルズはいなくていいという訳ね……」


 シグルズが列車を先導していたのは線路を敷く為である。停止してしまえばシグルズがそこにいる必要はないのだ。


「止まったは止まりましたが……」

「そうだけ――っ!」


 その時、装甲列車の上に乗っかっている列車砲が砲弾をぶっ放した。列車が進むことと砲撃をすることに関係はないのだ。


 そして巨大な砲弾はホルムガルド公の守る塹壕線に飛来し、多くの兵士を虐殺した。


「これではなんの意味もない……」

「れ、列車は止まったのですから、ホルムガルド公には撤退してもらうのは……」

「私たちが永遠にここで飛んでいられるのなら、それでもいいのだけれど?」

「そ、それは……」

「でも……装甲列車が止まっているというこの状況、活かさないのは愚かね」

「え?」


 高速で移動する装甲列車を相手取るのは厳しいものがあるが、止まっているのならそれはただの鉄の箱。やりようはまだあるのであった。


 〇


「装甲列車を止めるのはいい判断だったぞ、オーレンドルフ幕僚長」

「感謝する、師団長殿」


 煙幕を張るための煙玉を投げたのはシグルズであるが、その後に装甲列車を止めてシグルズたちを収容したのはオーレンドルフ幕僚長の判断である。


 シグルズでも魔法が全く使えないクリスティーナ所長を守りながら飛行魔導士隊を一気に相手にするのは正直言って無理があった。


「で、ですが……どうするんです? この状況」


 ヴェロニカはおどおどと尋ねた。列車は止まりシグルズは無事に撤退したが、上空にはダキアの飛行魔導士隊が依然として滞空している。


「どうしようかなあ……」

「どうしたものか」

「幕僚長さんも何も考えてないんですか……?」


 ヴェロニカは困惑するばかりであった。部隊の頭である師団長(率いているのは自分の師団ではないが)と幕僚長が揃いも揃って何も考えていないのである。


「まあ、取り敢えずは様子見でいいんじゃないかな」

「様子見……ですか?」

「ああ。向こうもそうそう手出しは出来ないだろうし、もしかしたら撤退してくれるかもしれない」

「わ、分かりました……」


 ヴェロニカは釈然としなかった。


 その後暫くは膠着状態が続いた。互いに一歩も譲らず、かつ進みもしなかった。


 しかしその均衡もすぐに崩れる。


「シグルズ様、敵の魔導反応です!」

「了解だ」

「敵は装甲列車と戦うことを選んだようだな、師団長殿」

「そういうことだろうな」


 ついに敵は塹壕から飛び出し、騎兵を中心とする部隊を突撃させてきた。まあ陸と空から同時に装甲列車を叩こうという魂胆だろう。


「横からは大丈夫だろうけど……上から来られると厄介だな……」


 重量を抑える為、相変わらず天井の装甲は薄めだ。魔導弩くらいなら問題ないだろうが、魔導剣で直接斬りつけられると抜かれかねない。


「じゃあ、僕は空で戦うとしよう。その間の指揮はオーレンドルフ幕僚長に任せる」

「うむ。了解した」

「お気をつけて……」


 シグルズは列車の上に上がり、敵に備えることとした。


「さて、こちらも準備をしようか」

「は、はい!」

「全車、戦闘態勢! 弾込めせよ!」


 装甲列車の左右に取り付けられた機関銃と、覗き穴から小銃。装甲列車の左右から無数の銃口が姿を現す。


「よし。来たな」

「やけに遠くにいるようですが……」

「それもそうだな……」


 敵はやけに遠かった。装甲列車を目指しているくせに、装甲列車を避けながら移動しているような、そんな感じである。無駄に派手な魔導装甲のお陰でこの距離でもよく視認出来るが、迷彩柄の服だったら気づきもしないだろう。


「まあいい。暫くは様子見だ。命令あるまで手を出すな」

「はっ! 全軍に徹底させます!」


 ヴェロニカはやや強張った声で応えた。

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