侵入

 ACU2311 5/1 ダキア大公国 対ゲルマニア国境付近


 メレンへの物資を満載した12両の列車は、前線の部隊に見送られつつ、ついにダキア大公国の領域に突入した。


 それを先導して空を飛んでいるのは、ゲルマニア軍の標準的な軍服を纏った少年と、最前線でも白衣を来ている若い女と、もっと訳の分からない絵に描いた魔女のような格好をした、正直年齢不詳の女である。


「やっぱり、この仕事は大変だなあ……」

「ほら、ぼさっとしない! 次の線路作れ!」

「はい。了解です」


 ライラ所長に抱き抱えられたクリスティーナ所長は、魔法で線路を作り続けるシグルズに絶え間なく指示を出す。


 最初は猛反対していたとは思えない、やる気に満ち溢れた姿である。


「クリスティーナ、やる気満々だねー」


 ライラ所長はのんびりとした口調で腕の中のクリスティーナ所長に話しかけた。


「べ、別に、やるとなったら全力でやりたいだけです」

「ふーん。その割には楽しそうだけどねえ」

「そ、それは……否定しませんが……」

「やっぱり、自分の作ったものは動かしたくなっちゃうよね」

「分かります! それ!」

「お二人共気が合うようで……」


 実際のところ、いざⅢ号装甲列車を実戦に投入すると、クリスティーナ所長はとても興奮していた。技術者というのはやはり自分の作ったものは使ってみたい性分らしい。


「でも……シグルズ、シグルズがここにいたら、部隊の指揮はどうするの?」


 ライラ所長はゆっくり尋ねた。


 シグルズは現状線路を作るのに忙しく、自らが銃を取ったり部隊の指揮を出来る状態ではない。


「ああ、それなら大丈夫です。うちの優秀なオーレンドルフ幕僚長に部隊の指揮は任せていますし、ヴェロニカもついているから、まあ大丈夫でしょう」

「なるほどねー。ま、この装甲列車なら、誰が指揮しようとも問題ないと思うけど」

「自信がおありですね」

「なんてったって基本は私が作った装甲列車だからね」


 装甲列車の基本はライラ所長が設計し、開発した。クリスティーナ所長は既存の兵器を組み合わせ、より強力な兵器を作ったに過ぎない。


 もっとも、そういう仕事を担当する者は国家に必要だ。何も劣ってはいない。


『シグルズ様、前方に敵の大規模魔導反応です!』


 その時、ヴェロニカからの通信が入った。


「僕に伝える必要はない。オーレンドルフ幕僚長と対応を決めてくれ」

『え、あ、すみません……』

「ああ。まあ、列車が止まる時は伝えて欲しいけど」

『了解です! それでは、失礼します』


 さて、オーレンドルフ幕僚長が完全に独立して動く最初の戦闘だ。かつては師団長であった彼女の真価を発揮する時である。


 〇


「分かった、ヴェロニカ。敵の数は――まだか」

「はい。そこまでは……しかし、少なくとも千人単位の敵がいるかと」

「機関車には減速を通達。前方への警戒を厳とし、また2号車は戦闘態勢に移行せよ」


 オーレンドルフ幕僚長は迷いなく各車に命令を伝えた。装甲列車の指揮など初めてだと言うのに、機敏な判断だ。ちなみに2号車というのは機関車のすぐ後ろ、先頭のⅢ号列車のことである。


 親衛隊の兵士たちの動きは若干緩慢としていたが、オーレンドルフ幕僚長の素早い指示で余裕を持って臨戦態勢を整えることが出来た。


「幕僚長殿、前方の敵は簡易的な塹壕を掘り、我が軍を待ち受けております!」

「塹壕……やはり我々の情報は漏れていると考えるのが妥当か……」


 恐らくこの世界のどんな部隊よりも速く装甲列車は進撃している。それに間に合うように陣地を構築するには、事前に装甲列車の進路を知る必要がある。


 やはり装甲列車に関する情報をダキアが掴んでいると見るのが妥当だろう。


「そ、それで……どうするんですか?」

「塹壕など、Ⅲ号の主砲で打ち払えよう。このまま突っ込む。主砲装填!」

「ほ、本気ですか……?」


 敵に向かって減速をせずに突っ込むというのも、塹壕を列車で乗り越えるというのも、ヴェロニカに現実離れした発想としか思えなかった。


「帝国の技術屋の二大巨頭が造った兵器だ。それに、我々の師団長殿を信じられないのか?」

「そ、そんなことは……」

「ならば、信じて進もうではないか」

「は、はい……」


 〇


 同刻、その塹壕を作った側であるダキア大公国親衛隊は、装甲列車の威容と対峙していた。


「あれが装甲列車……戦車よりも更に巨大な兵器か」


 ホルムガルド公アレクセイは、望遠鏡で眺めたその姿に感嘆の声を上げた。一体ゲルマニアが本気を出したらどんなものが作れるのだろうかと。


「しかし、列車である以上、線路がなければ走れません」

「ああ。だからこそ、あの少年――シグルズを倒さねばならないな」


 ダキア大公国は装甲列車がシグルズの魔法に頼って動いていることを知っている。シグルズさえ殺してしまえば装甲列車はただの置物と化すということも。


「しかし……まったく、ヴェステンラントとは格の違いってやつを感じざるを得ないな……」


 アレクセイはこんな姑息な作戦に頼らざるを得ないダキア軍の現状を嘆いた。


「軍国主義の国なのです。戦争に関しては一流でしょう」

「まあいい。よし、これより作戦を決行する。飛行魔道士隊、出撃せよ!」

『はっ。承知しました』


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