ゲリラ戦

 ACU2311 4/26 ダキア大公国 ゲルマニア軍補給線


 メレンに侵攻する際に戦車を持ち込めたのは、シグルズが線路を最初から最後まで作るという荒業を成し遂げたからである。


 シグルズは最前線で戦車大隊を指揮しなければならないことから、メレンとゲルマニア本国との往来の度にこれをやる訳にはいかず、補給には相変わらず昔ながらの馬車などが用いられている。


 だが点で小都市を制圧することしか出来ていないダキア領内を通るのが危険であるのは明白であるから、護衛として装甲車が随伴している。装甲車くらいの重量であれば、整備士を伴わせておけばまあ問題なくメレンまで走りきることが出来るのだ。


 そして早速装甲車が意義を発揮する時がやってきた。


「周囲に魔導反応を探知! 敵の魔導兵です!」

「周囲とは何だ!? もっと正確に言え!」

「完全に包囲されています!」

「何だと……? ――総員、戦闘用意!」


 随伴する2両の装甲車が左右を守り、前後は馬車を横に並べることで陣形を整える。馬車にも一応装甲を施してあり、遮蔽物としては最低限の役目を果たせる。


 よく訓練された動きでゲルマニア兵は即席の陣地を整え、敵の襲来を待った。


「来ます!」


 空気を切る音がして、大量の矢が飛来する。攻撃は左右の森の中からだけであり、装甲車の装甲が兵士たちを完全に守った。


「応戦しろ!」

「敵がどこにいるか見えません!」

「クソッ……」


 しかし、敵は木々の間に身を隠し、目視でその存在を確認することは出来なかった。


「敵が見えずとも関係はない! そこら辺にいるのは明らか! 撃ちまくれ!」

「はっ!」


 矢が飛んでくる以上、森の中に敵兵がいるのは明らかである。数撃ちゃ当たるの精神のもと、指揮官は攻撃を命じた。


 主として装甲車に設置された機関銃による攻撃。木々にたちまち穴が開き、葉や枝が舞い上がり、土煙が視界を遮る。


 しかし敵の勢いは衰えず、機関銃など意にも介さず矢を放つ。


「クソッ……榴弾砲がないとこれか……」

「師団長殿に具申すべき案件かもしれませんね……」

「そうだな……」


 機関銃はやはり、塹壕のようなものに隠れた敵を攻撃するのには向いていない。そういう状況では何か爆発物が必要だ。


「これでは無意味に弾薬を消耗するだけかと……」

「だからと言ってどうすればいいんだ?」

「そ、それは……」


 どうしようもないというのが実際だ。実のところ敵地の奥深くに長期間に渡って攻め込むというのはゲルマニア軍にとっては初の経験であり、特に補給面では大きな問題を抱えている。


「こうなれば――」

「敵に強い魔導反応を探知!」

「何!? 何が来るんだ!?」

「分かりません!」


 それは敵の中にケントゥリア級以上の魔女がいるということ、更にその魔女が何らかの魔法を使おうとしていることを意味する。


「何が来る……?」

「あ、あれを!」

「っ!」


 兵士の指が指す空を見上げると、煌々と燃え上がる火球が複数個見えた。


「退避! 退避だ!」


 空から飛んでこられては、装甲車が盾になっていようと意味はない。火球は物資を山積みした馬車に降り注ぐ。


「しょ、食料が燃えています……」

「クソッ……」


 食料は容易に引火した。前線の部隊に届ける筈の食料である。


「ひ、火を消せ!」

「どうやってですか!?」

「そ、それは……」


 水など兵士と馬の飲み水分くらいしか持ち合わせていない。とても消火に使える量ではない。


「近くに川でも――」

「川にまで取りに行くと!?」

「す、すまん」


 彼らは荷馬車が燃え上がるのをただ眺めることしか出来なかった。


「最早、我々には何も出来ないのか……」

「仕方ありません……」


 ゲルマニアの技術の粋を集めても、大昔から何も進歩していない魔導兵に対抗できない。厳しい現実を突きつけられた形となった。


「ん?ちょっと待て、弾薬に火がついてないか!?」

「あ――」


 その瞬間、陣形全体を巻き込む大爆発が起きた。爆炎は天を突き、爆風と火花は兵士を襲い、装甲車以外のゲルマニア軍部隊は大混乱に陥った。


「隊長、ご無事ですか!?」

「あ、ああ。無事だ。だが……」

「輸送物資はほぼ燃え切ってしまいましたね……」


 この部隊の役目は食料弾薬の輸送だ。その任務を果たすことは今不可能となってしまった。


 ○


 ACU2311 4/26 ダキア大公国 戦時首都メレン(ゲルマニア軍占領下) クレムリ ゲルマニア軍前線司令部


「第15輸送隊、襲撃を受けました!」

「被害はどうだ?」


 ローゼンベルク司令官は尋ねる。


「兵士の損害は10名ほどですが、物資を全て失ったとのことです」

「了解だ」

「これで、ここもダメという訳ですか」

「そうだなあ……」


 シグルズはダキアの地図にバツを付けた。地図を囲んで師団長たちが難しい顔をしている。


「これで、スカディナウィア方面からメレンに至る全ての街道で襲撃が確認されました」

「そうなるのだよな」

「やはり敵は――当然ではありますが、ダキアの地理に精通しているようです。根本的な解決は困難であるかと」

「厳しいな……」


 シグルズは嫌な予感がしていた。補給線を失って戦っていられなくなったナポレオンと同じものを感じたからである。

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