戦後処理

 その後、ゲルマニア軍は後続部隊を送り込み、メレンを完全に制圧した。しかし、そこに大公も大貴族も司令部もなく、空っぽの都市を手に入れるだけの結果となった。


 その日、制圧したクレムリにて、師団長たちとローゼンベルク司令官の軍議が開かれてた。


「総司令官閣下、大使館からダキア側に降伏を呼びかけましたが、ほとんど黙殺されたとのことです……」


 外務省の官吏がローゼンベルク司令官に報告した。ダキアの政治的な首都であるキーイには戦時中とはいえゲルマニア大使館が機能しており、捕虜の交換など、戦時中の国家間でのなすべき交流を保っている。


 その一環として降伏を呼びかけてみた訳だが、向こうの関係者は聞き入れようともしなかったそうだ。


「なるほど。これはどう見るべきか……」


 シグルズは意味深長に呟いた。


「と言うと?」

「敵が本当に徹底抗戦の意思を持って降伏を突っぱねたのか、或いは指揮系統が混乱していて判断を下せないのか。そういう二つの可能性が考えられます」

「まあ、確かにな。そこら辺は外務省で見極められないのか?」

「こちらでは何とも……」


 どちらであるかは結局分からず、気まずそうな外務省の官吏は下がった。まあダキア側は手の内を徹底的に隠そうとしているだろうから、仕方あるまい。


「しかし閣下、あの裏切り者たちはどう遇するおつもりで?」


 シグルズはダキアの裏切り者について尋ねた。シグルズとしては今すぐに処刑したくてたまらない訳だが。


「うーむ、まあ一応こっちから言い出したことだからな……」

「そうだったんですか……」

「そ、そんな怖い顔をするな、シグルズ君」

「え、あ、すみません」


 シグルズは無意識にローゼンベルク司令官を睨みつけていた。


「ごほん。で、彼らについてだが、反乱を起こすのにも失敗している訳だし、まあ帝都に小さい家くらいをくれてやることにしようと思う」

「そうですか。分かりました」


 好待遇はあくまで反乱を成功させた時のもの。失敗したときのことは約束していない。極論を言えばここで処刑しても問題はない訳だが、それは流石にないだろう。


 ローゼンベルク司令官の方針は極めて妥当だ。


「しかし……果たしてこれで敵は降伏するのでしょうか……」


 フォルケンホルスト師団長は不安げな声で言った。


「そうだなあ……中央軍の方では特にそういう兆しも見えんし、外務省もあんな感じだしな……」

「はい……」


 敵の首都を制圧したという実感がまるでないのである。まるで敵の砦や城を制圧しただけのような、ふわふわとした感触だ。


 と、その時だった。


「閣下! メレン東部に煙が見えます!」

「け、煙? それがどうしたんだ?」


 煙なんてそこら中で出るものだろうに。


「い、いえ。それが……とにかく、ご覧ください!」

「あ、ああ。分かった」


 兵士に連れられるまま、ローゼンベルク司令官と師団長たちはクレムリの屋上に出た。


「あ、あれは……」

「明らかに人為的な、狼煙ですね」


 オステルマン師団長は冷静に言うが、こんなものを見るのは誰もが初めてだ。


 天高く上る太い黒煙が十数本。まるで天まで届く壁のように聳え立っていた。


「どうして狼煙なんてものを……」


 魔導通信機によって惑星の反対側の人間とでも簡単に会話できるこの世界では、狼煙などというものが使われたのは魔法理論が確立する前の、遥か昔の時代だけである。今から2,000年ほど前の話だ。


「まあ、我々に見せるのが目的でしょう」

「見せるって、何故だ?」

「そりゃ、徹底抗戦の意思を我々に見せつける為でしょうね」


 オステルマン師団長は面白そうに黒煙を眺めていた。


 あれの目的は交信をすることではない。ゲルマニア軍に断固として屈しない意思を見せつける為だ。またダキア軍を鼓舞する目的もあるだろう。


「つまりは、戦争はまだまだ続くという訳か……」


 日の光すら遮るように、煙は高く舞い上がっていた。


 ○


 ACU2311 4/2 ダキア大公国 オブラン・オシュ


 メレンから百数十キロパッスス後方の大都市、オブラン・オシュにて。


「殿下、既に殿下に背いた領主は全て廃し、新たな者を選定しました」


 ホルムガルド公アレクセイはピョートル大公に言った。反乱を起こそうとして領主たちは当然全て国家から追放され、新たな者が領主に任じられることとなっている。


「ああ」

「こちらがその一覧になります」

「ふむ……若い者だらけだな」

「それは……仕方ありません」


 一覧に挙げられたのは、先代領主の孫にあたるような10代の若者ばかりである。


「やはり、殿下に素直に従うものが必要ですので」

「ああ、問題はない。そもそもこうすることが目的だったのだからな」

「え……?」

「何を驚いているのだ。奴らをあの時まで泳がせていたのは何のためだと思っている?」


 ピョートル大公は不敵に笑った。


「た、確かに……」

「私に忠誠を尽くさぬ貴族を除き、挙国一致の戦争体制を整える。そうしなければゲルマニアには勝てない。私はそう踏んだのだ」

「さ、流石は殿下……」


 ダキア大公国という国家は、急速に変化しようとしていた。

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