制圧Ⅱ

「それで? 使者なのだろう? 何を伝えに来たんだ?」

「あ、ああ、そうだった。まあその、降伏を呼び掛けに来た」

「降伏は受け入れないと先程……」

「いやー、魔導反応もないし、魔導通信機が故障でもしてるのかなー、と思って」

「…………まあいい。はあ…………」


 受け答えをしていた、兵士たちの隊長と思われる男は、魔導装甲で顔が見えなくても分かるくらい盛大な溜息を吐いた。何か肩の荷が全てずり落ちたような感じだ。


「分かった。我々の仕事は既に完了している」

「仕事?」

「――我々もまた、降伏する機会を伺っていたのだ。ちょうどいい。我々はゲルマニア軍に投降しよう」

「い、いいんですか、隊長?」

「いいんだ。全員、銃を下ろせ」


 隊長と呼ばれた男の号令で、シグルズとヴェロニカに銃を向けていた兵士たちは一斉に銃を下ろした。よく訓練された、秩序を持った部隊である。


「ふう……死ぬかと思いました……」


 ヴェロニカ安堵の吐息を漏らした。


「別に、ヴェロニカがあの程度の銃で死にはしないでしょ」


 ダキア軍の銃は3年前と何ら変わりのない原始的な銃であった。シグルズならばいとも簡単に銃弾を止めることが出来るだろう。


「私はシグルズ様みたいに盾とかは作れないんですよ……?」

「ああ……まあそうか。まあその時は僕が何とかしてたから、問題ないよ」

「は、はい……」


 ――しかし、魔導弩を使わないのは謎だな……


 魔導装甲を完全装備した魔導兵がただの銃で武装しているというのは不釣り合いにもほどがある。何か裏があると見るべきだろうが、まあそれは彼らに直接尋ねればいいことだ。


 ○


 その後、クレムリの扉は全て開け放たれ、ダキア軍は全ての抵抗を停止し、次々とゲルマニア軍の部隊が市内を制圧していった。


「それで? 一体どこにピョートル大公殿下はいるんだ?」


 シグルズは先程のクレムリ衛兵隊長――ニキータ隊長に尋ねた。


「殿下ならば、ここにはいない。既に市外に脱出された」

「何?」

「お前たちがここを包囲している間、殿下たちはここから脱出されたのだ」

「地下に抜け道でもあったと?」

「いいや、地面を掘って抜け道を今作ったのだ」

「なっ、まさか……」


 ――あの魔導反応はそういうことだったのか。


 シグルズはてっきり、クレムリの中でダキア軍が罠を張り巡らしているものだと思っていた。が、それは勘違いで、実際のところダキア軍はひたすら穴を掘っていただけだった。もしも恐れずに突入していればピョートル大公を確保できたかもしれない。


 ニキータ隊長に案内されてクレムリの奥にいくと、確かに市外へと続いている長大な抜け穴があった。まさに今掘られたという感じで、今にも崩れ落ちそうな様子である。


 まあ何事も後の祭り。今更後悔しても何も生まれない。


「ではつまり、君たち衛兵だけがここに残って番をしていたと?」

「いや、他にもいる。裏切り者どもだ」

「裏切り者?」


 シグルズには予想外の言葉であった。


「着いてきてくれ。この先に閉じ込めている」

「そ、それはいいんだが……裏切り者とはどういうことだ?」

「奴らは祖国を裏切り、大公殿下を弑逆しようとした大罪人。本当なら今すぐにでも殺してやりたいが……殿下の命でこのまま生かしておかねばならんのだ」


 ニキータ隊長は激しい殺意を隠さずに言った。彼はやはり本物の愛国者なのだ。


「ここだ。処分はゲルマニア軍に任せろとの殿下もご命令だ」

「あ、ああ」


 衛兵が物々しく守る扉を開けると、中には大層な出で立ちをした貴族たちが詰め込まれていた。およそ貴族への待遇とは思えないものである。


 それだけ彼らの怒りが感じられた。


「で、こいつらは、自分の保身の為にダキアを裏切った連中ってことだな」

「そうだ」

「ならば、彼らにはアストラハヤで木を数える仕事でも与えてやろう。細かいところは君たちに任せる」


 シグルズは裏切り者に冷酷だ。特に祖国を裏切る者に対しては。


「ま、待て! お、お前はゲルマニア軍の将校だろう!?」


 大貴族と思われる男がシグルズを必死の形相で呼び止めた。


「うん? そうだが? 何か?」


 シグルズは冷ややかな視線で男を見下ろした。


「げ、ゲルマニア軍は我々によき待遇を約束してくれた! その約束を反故にするつもりか!?」

「約束? 聞いてないが」

「し、知らないとは言わせんぞ!」

「ふむ……」


 ダキアの貴族と密約を結んでいるという機密は、確かにシグルズくらいの将校までは伝えられていないのかもしれない。


「ではローゼンベルク司令官閣下に問い合わせる。繋いでくれ、ヴェロニカ」

「はっ!」


 〇


『ああ……そう言えばそんなこともしてたなあ』

「ええ……どういう反応ですか、それ?」


 ローゼンベルク司令官は一応は裏切り者の貴族たちの言葉を肯定した。が、何とも曖昧な言葉である。


「いや、なに、実は去年くらいから、万一ゲルマニアとダキアが戦争状態に突入した際はピョートル大公を裏切るように密約を交わしていたんだ。すっかり忘れていた」

「はあ……」

「まあ、確かにそれなりの待遇は約束したが……反乱に失敗してるからな……」

「どうされます?」

「まあ、ゲルマニアは約束を違えない。一応彼らは丁重に護送してきてくれ」

「――はっ」


 不服ではあったが、シグルズが東部方面軍総司令官の命令に逆らうことは不可能だった。

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