制圧

 ACU2311 3/29 ダキア大公国 戦時首都メレン クレムリ目前


「ふーむ、誰もいないなあ……」


 クレムリに迫ったシグルズはその防衛体制を観察しようとしたが、ダキア軍の最高司令部が詰まった建物であるにも拘わらず、入り口には誰も立っていなかった。


「今回もまた隠れたところから奇襲しようとしているのかもな」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。


「まあ、その可能性が大だろうな」

「ですがシグルズ様、今回はクレムリの中に多数の魔導反応が確認できます」

「それもそうなんだよな……」


 何故かは分からないが、クレムリの城内から、通信とは違う魔導反応が探知されている。或いは城内に仕掛けをして、そこで耐え抜こうとしているのかもしれない。戦車も装甲車も屋内に入ることは不可能であるから、突入は憚られる。


「どうせなら、クレムリごと破壊するのはどうなんです?」


 ヴェロニカはさらっととんでもない提案をした。確かにゲルマニア軍に損害が出ることはなくなるし、この程度の建物なら徹甲弾で破壊できなくもないが――


「……流石に野蛮じゃない?」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。大体、建物ごと吹き飛ばしなんかしたら、大公が死んでても分からないじゃないか」

「あ、確かに」


 首都を直撃するのはダキア大公を捕縛ないし殺害する為である。それが達成されたか分からないのであれば、ここに来た意味がない。


「で、どうする、師団長殿?」

「突入はしたくないんだよな……」


 戦車があったからダキア軍の奇襲は跳ね返せたが、戦車がない状態であれを食らっていたら、例え第88師団を全員連れてきていたとしても壊滅していただろう。


 つまり、敵が城内での戦闘を意図している場合、直接攻略はほぼ不可能だということだ。


「援軍を呼ぶというのはどうです?」

「援軍があれば突破できるかもしれないけど、それでも相当な損害が出ることが予想されるからね。やめた方がいいだろう」

「そうですか……」


 提案をことごとく却下されて、ヴェロニカは少し落ち込んだ。


「では、やはり包囲か」

「まあ、そうなるよな……」


 相手は所詮ただの宮殿。中に備蓄できる物資などたかが知れている。籠城の備えもしていないだろうし、長くても1週間も包囲していれば降伏するだろう。


「仕方ないか。降伏を呼びかけつつ、クレムリを包囲だ」

「はっ!」


 その後、城外でダキア軍の襲撃などはなく、静かな包囲が始まった。


 ○


 そうして翌日。ダキア軍から降伏を受諾する通信などはなく、包囲は続いている。


「シグルズ様、クレムリ内の魔導反応が完全に消失しました」

「どういうことだ……?」

「それは私にも……すみません……」


 この一日の間、クレムリの魔導反応は徐々に小さくなっていった。魔導通信機からの魔導反応も同様に消えていき、ついにあらゆる魔導反応が完全になくなったのである。


「幕僚長、何か意見は?」

「私にもこれは説明がつかんな……」


 オーレンドルフ幕僚長すら困惑する現象。一体何が起こっているのか、誰にも考え付かなかった。


 こうなってくると、最後の手段に出てみるしかなさそうだ。


「こうなれば、正々堂々と真正面から乗り込んでやろうじゃないか」

「? 突破は難しいという話ではなかったのか?」

「いや、そういう話じゃないんだ、幕僚長。僕が言っているのは交渉の使者を送ろうってことだ」

「交渉……か。まあ、師団長殿がそう言うのなら従おう。で、誰を送るのだ?」

「それはもちろん、僕さ」


 シグルズは子供っぽい笑みを浮かべた。


 ○


 勲章を沢山ぶら下げた正装を纏い、威風堂々とクレムリの扉に近づくシグルズ。


「だ、大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫さ。僕たちを殺せる人間なんてそうそういない」


 ヴェロニカも伴っている。主にその戦闘能力を買っての人選だ。オーレンドルフ幕僚長もヴェステンラントの高位魔女と戦える実力を持っているが、万が一の際に部隊を率いてもらうために居残りである。


「じゃ、入ろうか」

「はい……」


 扉を押す。普段は本来ずっと開けっ放しにされているのだろう。扉は滑りが悪く、ぎしぎしと音を立てながら開いた。


 そうしてだだっ広い広場が現れる。シグルズも正面玄関から入るのは初めてであった。


 ヴェロニカの視線はせわしなく動き、本能的に周囲の危険を探していた。そしてすぐにそれを感知した。


「シグルズ様、敵兵です……」


 小声で言いながら、斜め上、吹き抜けの3階くらいのところを指さす。


「ほう……」


 ヴェロニカの視線を追い、拡大鏡の魔法を使えば、こちらに向かって銃を構えている数名の兵士が僅かに見えた。


「使者に銃を向けるとは、感心しないな!」


 シグルズの声は広間に響き渡る。


「だったら使者と分かるように何とか言ったらどうだ!」

「――ああ、確かに」


 使者を送るとかなんとか事前通告するべきであった。


「だが、そっちだってこっちの通信に一度も応じなかったじゃないか!」

「降伏勧告に返事などするものか!」

「――言われてみれば」


 ダキア軍はあくまで降伏勧告を黙殺していただけであって、他のことなら返事をするつもりだったらしい。


「ヴェロニカ、降伏勧告しか送ってないんだっけ?」

「まあ……それしか送ってないですね」

「どうして誰も気づかなかったんだ……」


 戦闘以外のことはまるっきり無能な第88師団司令部であった。

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