メレン攻撃Ⅳ

 兵士たちの雄叫びが響き渡り、銃弾と矢が飛び交う。ゲルマニア軍は戦車と装甲車、ダキア軍は家々の屋根と、お互いに遮蔽物の後ろから射撃を行い、戦闘は完全な膠着状態に陥った。


「師団長殿、このままでは埒が明かないぞ」


 オーレンドルフ幕僚長は言った。


 お互いにほとんど損害は出ておらず、この調子で銃撃戦を続けていては勝敗が決するまで丸一日はかかりそうな勢いである。


「そうだな……奴らも目的は足止めだろうし」

「そうだろうか?」

「と言うと?」

「ここは敵の首都だ。そこに侵入した我々を、普通は殲滅したいと思うのではないか?」

「まあそれもそうか……」


 足止めというのはいずれは敵が侵入するのを許すということ。だが仮にも首都であるこの都市にそもそも侵入を許すとは考えにくい。


 そう考えると、ゲルマニア軍にほとんど損害を与えられないこんな戦い方をしているのは矛盾している。


「とは言え、だったらどうすればいいんだ?」

「難しいところだな。敵の考えが読めん」

「どうしようかな……」


 どうやら今のこの攻撃は敵の本命ではないようだ。だが、だからと言って何をするかと言われても、特に何も思いつかないのである。実に面倒な事態だ。


 とは言え、このままここで延々と銃弾を浪費しているのも時間と資源の無駄だ。シグルズは賭けに出てみることにした。


「全車、敵と応戦しつつ、このまま前進だ」

「し、シグルズ様? 本気です?」

「ああ、本気だ。わざわざ敵に合わせてやる必要はない。全軍に伝えてくれ、ヴェロニカ」

「りょ、了解です!」


 よくよく考えてみればわざわざ敵に合わせて歩みを止める必要はない。動きながらでも戦えることこそ機甲師団の強みなのだから、其れを敢えて潰すのは愚かな行為だ。


 銃口の突き出た装甲車と機銃が上を向いた戦車は、その体勢のままゆっくりと加速し出しした。


「さて……どう出る?」


 再びハッチから身を乗り出し、シグルズは敵に睨みを効かせる。速射銃で適当にダキア兵を殺しつつ観察を続けていると、ついに彼らは動き出した。


 建物の影から匍匐して射撃をしていたダキア兵が唐突に揃って立ち上がった。


「何だ?」


 そして次の瞬間、彼らは鬨の声を上げ、戦車大隊に突っ込んできた。


「うげっ」

「「「おお!!!」」」


 ダキア兵は屋根から勢いを付けて飛び上がると、戦車や装甲車に乗り移った。


 ――まずい。


 これはまた後部の燃料槽を狙われる。


「全車機関短銃で応戦せよ! これ以上奴らの好き勝手を許すな!」


 装甲車から突き出た銃口を小銃から機関短銃に変え、戦車大隊は素早く応戦を始めた。飛び乗ってきた敵はすぐさま排除されるが、それを待たずに次の敵が降ってくる。


 全くもって嬉しくない雨である。


 その時、シグルズの指揮戦車にも魔導兵が飛び乗ってきた。


「この僕に喧嘩を売るとは……」

「お、お前はゲルマニアの悪魔か!?」

「何そのダサいあだ名……」


 まあ確かに、この部隊を指揮しているらしい人間で、なおかつ黒髪黒目の若者となれば、話を聞いただけでもこれがシグルズだと分かるだろう。


 ダキア人の間でもシグルズはなかなか有名らしい。


「お前を殺せば祖国は救われる!」

「――いい志だな」


 殺せば国家勲章もののシグルズを目の前にして祖国を気にしていられるとは、この世界にしては珍しい愛国心のある兵士だ。


「死ねっ!」


 名も無き兵士はシグルズに斬りかかった。


「うぐっ――」


 しかし次の瞬間には兵士の腹に剣が突き刺さり、シグルズに剣が届く寸前で、剣を掴む力を失っていた。


「おっと危ない」


 シグルズはホコリでも払うかのように魔導剣を払い除けた。


「な、何なんだ、貴様は……」

「悪魔ってちゃんと認識してるんじゃなかったのか?」

「こ、この……」


 魔導兵は血を流し過ぎ、立っていることもままならなくなり、戦車から力なく転落した。


「ふう」

「だ、大丈夫ですか、シグルズ様?」

「ああ、大丈夫だ。それよりも……」


 シグルズは速射銃を構えた。その先には戦車に剣を突き立てているダキア兵。


「さようならだ」


 シグルズは狙いを定め引き金を引いた。速射銃から打ち出される弾丸は機関銃と同じ口径だ。実質的に手に持った機関銃である。


 兵士の魔導装甲はたちまち魔力を使い切り、胴を何ヶ所か貫かれ、倒れた。


「やっぱりこいつも欲しいけどな……」


 塹壕の中のような極めて狭い場所では別だが、このくらいの密集具合なら速射銃の方が有効だ。そしてゲルマニアの技術ならばギリギリ作れないこともない。


「まあ……魔法がないとどうにもならないけど」


 しかしこの銃は当然反動がとてつもなく大きく、普通の人間が手で持って扱うことなど到底不可能だ。使うとなれば地面に固定して使う訳だが、だったら機関銃で十分な訳で。


「ああ……だったら突撃銃の方がいいかもな……」


 突撃銃は、小銃弾と拳銃弾の間くらいの口径をした中韓弾薬を使う銃である。機関短銃より威力は高く、かつ機関短銃のように取り扱うことも可能。


 地球の歴史においてはどっちつかずの微妙さで淘汰されたが、この世界では正解なのかもしれない。


「何をぶつぶつと喋っているんだ?」

「あ、ああ、すまない」


 またしてもオーレンドルフ幕僚長に怒られた。


「まあ、師団長殿はその銃で敵を殺すのに専念してくれ。部隊の指揮は私が執る」

「ああ、頼む」


 今はシグルズの魔法を最大限に活かすべき時だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る