メレン攻撃Ⅲ

 ACU2311 3/29 ダキア大公国 戦時首都メレン クレムリ


 一方その頃、シグルズの目指すクレムリにて。


「殿下、あのような大規模な仕掛け、このような場面で用いてよかったのですか?」


 ホルムガルド公アレクセイはピョートル大公に尋ねた。と言うのも、ダキア軍が先に使った落とし穴についてである。


「ふむ。何が問題なのだ?」

「ええ、まず、今回は国家の総力を結集してあのような仕掛けを用意しましたが、何度も同じことをやれる訳ではありません。ゲルマニア軍が複数の進路から軍を進めてくれば、もうどうにもなりません」


 戦車がすっぽり埋まるほどの落とし穴を堀り、その底に大量の火薬を敷き詰め、適切な機に全てを一気に爆発させる機構を作るのは、容易なことではない。しかもこの火薬は全て、魔法で作るとではなくちゃんと生産したものだ。


 複数箇所で同じような落とし穴を作れるほどダキアに余裕はない。資源ももうない。


「――それで?」


 ピョートル大公はわざとらしく尋ね返した。まあアレクセイが何を言いたいかは分かっているのだが、ここにいる他の将軍にも分かるように芝居を打っているのである。


「このような大仕掛けは、もっとこう、絶対に負けられない戦いで使うべきであったと考えます。こんな仕掛けにゲルマニア軍が二度も引っかかるとは思えません」

「なるほどな。まあ、一理ある」


 確かに落とし穴は初めてゲルマニアの戦車を撃破したが、それも10両にも満たない数。しかもゲルマニア軍はその後も何事もなかったかのように進軍を続け、今ではメレン市内にまで侵入しつつある。


 実の所早く脱出したい将軍や大貴族がほとんどであったが、ピョートル大公が泰然としてクレムリに居座っていることから、そうとも言い出せないでいた。


「で、では何故?」

「簡単な事だ、ホルムガルド公。我々は何としてでも戦車を撃破する必要があった。ただ、それだけのことだ」

「戦車を撃破することは目的ではない筈です。それは戦争に勝利する為の手段。殿下は道を見誤られたのですか?」


 戦車を撃破して戦争に負けたら何の意味もない。戦車は神聖ゲルマニア帝国ではない。手段と目的が逆転していると、アレクセイは言うのである。


「確かに、戦争という遊戯をするのであれば、それは間違いだろう。が、我々はチェスをしているのではない。諸君らは私の命令で動くだけの駒ではないだろう?」

「そ、それはそうですが……それが何か……」

「ままつまり、今回の作戦は、国家を纏め上げるために必要だということだ」

「な、なるほど……」


 とは返事したものの、アレクセイは曖昧な理解しか出来ないでいた。


「第一次ポドラス会戦で、我が軍は壊滅的な損害を受けた。そのせいで諸侯の紐帯は崩れ、首都を落とされただけで降伏せざるを得ない状態に追い込まれたのだ」


 先の戦争でダキアがあっという間に降伏したのは、ゲルマニア軍には全くもって敵わないという認識がほぼ全ての諸侯の間で共有され、徹底抗戦を唱える者が大公を含めて一人もいなかったせいでもある。


「そして第二次ポドラス会戦において我が軍はまたもや敗北し、その二の舞になろうとしていた」


 つい最近の方のポドラス会戦でもダキア軍は大敗し、またしても国家として戦意が消滅するところであった。


「そこで我が軍は何としてでも戦車を撃破しておく必要があった。まあ、そういうことだ」

「なるほど。戦車を撃破出来なければ二の舞になるところであったと」

「そうだ。そして我々は戦車を撃破することに成功し、ゲルマニア軍が決して勝てない相手ではないと諸侯に示すことが出来た」

「はい。多大な犠牲はありましたが……」

「それは……まあそうだな。だが犠牲など構っていられない状況だった。それは仕方ないだろう」


 ともかく、今回の戦いでダキア軍は何とかして内部崩壊を免れた訳である。だが、あまりにも大きな問題が目の前に立ち塞がっていた。


「それで……ゲルマニア軍が5キロパッスス先くらいにいるのですが……どうされます?」

「まあ、何とかなるだろう」

「え、ええ……」


 大公と大貴族たちが一掃される危急の危機がすぐそこに迫っているのであった。


 ○


 ACU2311 3/29 ダキア大公国 戦時首都メレン市内


 実は司令部どころか国家の首脳部がまるっきりいるとも知らず、シグルズはクレムリに向かっていた。


「見えてきたな……」


 ダキアの独特な建築様式で建てられた天高く聳える宮殿にして、ダキア軍最高司令部、その姿が見えてきた。


「立派な建物ですよね……入ったことはないですが」

「ああ、ヴェロニカは見たことあるのか」

「見たことあるというか、いつも目に入っていましたね」


 ヴェロニカは元々ここメレンで路上暮らしをしていた。クレムリなど見慣れたもなのだ。


「そうか……なら――」

「シグルズ様!」

「な、何?」

「周辺に多数の魔導反応を確認しました! 来ます!」

「っ――全軍、戦闘に備え!」


 街道に沿って縦長になった戦車大隊を挟み込むように多数の魔導反応が確認された。シグルズはすぐさまハッチを開け、速射銃を持って身を乗り出す。


「ほう……こいつは」


 外を見ると、千を超える魔導兵が天井から姿を現し、弩を構えていた。


「――おっと」


 早速敵は撃ってきた。シグルズは自分に周囲に壁を作り、弩の攻撃を防いだ。戦車と装甲車を矢が打ち付ける。


「全軍、反撃だ!」

「「おうっ!!」」


 今度はゲルマニア兵が装甲車の天蓋から少しだけ身を出し、小銃で応戦を始める。市街戦の始まりである。

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