メレン攻撃Ⅱ

「撃て! 殲滅せよ!」


 戦車は今度は砲塔を上に向け、城壁の影から矢を撃ってくる兵士に榴弾を次々とぶち込んだ。多数の兵が爆発に巻き込まれ、城門から転落していく。いくら魔道装甲があったとしても無事では済むまい。


 魔道装甲は銃弾くらいの衝撃までは吸収出来るが、人間が転落死するような衝撃については諦めるしかないのである。


 敵はまた混乱し、抵抗はたちまち大人しくなった。砲塔が上を向けることも、ダキア人は想定していなかったらしい。


「静かになったな、師団長殿」

「ですが……魔導反応はまだ残っています」

「うん……まあ仕方ないか。このまま前進する!」


 敵が何かをやる気なのは、ヴェロニカの報告からして明らかだ。とは言え、それに怯えて立ち竦んでいる訳にはいかない。シグルズは休まず前進を命じた。


 やがて戦車は城門の目の前まで進出した。相変わらずすぐ近くに魔導反応はあったが、目視で敵を確認することは出来ない。


「ふむ……城門は鉄格子ですが、徹甲弾を使えば簡単に壊せるでしょう」


 城門は補強されていたが、それでも問題はないとナウマン医長は判断した。彼の判断ならば信用出来るだろう。


「ではさっさと破壊さ――何だ!?」


 シグルズの指揮戦車を、何かがカンカンと打ち付ける。


「敵は我々を引き付けた上で攻撃したようだな」

「面倒な……」


 ここまで近付いてしまうと戦車では城壁の上を狙えない。かと言ってここから後退するのはいい選択とは言えないだろう。戦車の装甲も装甲車の装甲も抜かれはしないが、このまま無視して進む訳にもいかない。


「機関銃で応戦させる。準備を」

「いや、師団長殿、ここであえて敵を殲滅する必要もないのではないか?」


 オーレンドルフ幕僚長はシグルズを静止した。


「そ、そうか?」

「ああ。城内に突入して敵の頭を押さえれば、それで終わりだ。我々の脅威にもならないのだから、捨て置こうではないか」

「だけど……これから来る後続は魔導弩に対して無力なんだぞ?」


 戦車師団はいいが、生身の歩兵にとって平地で魔導弩に撃たれるのは悪夢だ。圧倒的な兵力差があるのならまだしも、そもそも敵がどれほどの戦力を擁しているのかは不明だ。


「どの道、敵が我々から隠れることを選べば、どうしようもない」

「まあ、それはそうだが……いや、違うな。君が言いたいのはそういう話じゃない」

「気が合うな、師団長殿」

「え、な、何を話してるんです?」


 ヴェロニカはきょとんとして、ナウマン医長は分かってるのか分かってないのか分からない笑みを浮かべていた。


「つまり、僕たちだけで敵の司令部を落とそうってことさ」

「で、ですが……作戦では戦車大隊で城門を突破した後に全軍で突入すると……」

「僕たちだけで制圧すれば、犠牲もほとんど出さずに済むからね。これで行こう。敵の司令部の場所は分かるだろう?」

「それはそうですが……」


 ヴェロニカは、近くの魔道兵の魔道反応の他に、敵の司令部と思われる、かなりの魔導反応が集中している地点を割り出している。十中八九、魔導通信機が大量に置かれている敵の司令部だろう。


「じゃあヴェロニカ、ローゼンベルク司令官閣下に伝えてくれ」

「わ、私なんですか……?」

「まあ、ヴェロニカは第88師団の通信士だし」

「はい……」


 ヴェロニカは盛大に嫌そうな顔をしたが、命令には素直に従った。


 通信をするのにも魔導適性が必要なこの世界では、司令官が直接通信するという方が稀だ。もっとも、シグルズは魔導通信機も普通に扱えるのだが。


 その後、ローゼンベルク司令官はシグルズの提案を認め、戦車大隊は単独でメレン市内に突入することとなった。


「では、僕たちだけでメレン市内に突入する! 全車前進!」


 城門からの攻撃など意に介さない。シグルズの号令で城門の鉄格子を吹き飛ばし、戦車大隊は城内に突入した。


 〇


 誰も出歩こうなどとは思わず、廃墟のように静まり返ったレンガ造りの都市を、時代錯誤な車団が縦断する。


「また、静かになったな」

「静かではない気もするけどな……」


 銃声も矢が風を切る音も消えた。響き渡るのは戦車のめちゃくちゃうるさい駆動音である。


「ヴェロニカ、付近に魔導反応は?」

「依然として確認出来ません……」


 敵の本丸に突入したというのに、ほんの僅かな抵抗もない。不気味だ。


「すみません。私がもっと色々な魔法を使えれば……」


 魔導探知機はあくまで魔法を探知するものだ。いくら魔導兵や魔女がいようとも、魔法を封鎖していれば探知することは出来ない。ゲルマニアが魔導探知機を発明したのはおよそ30年前。いまではその手の内はほとんどの国が知っている。


 確かに音や光を探知する魔法が使えれば伏兵を発見出来るのかもしれないが、ヴェロニカにそこまで求めるのは酷だ。シグルズにも出来ないのだし。


「いいんだ。伏兵に奇襲されてもどうにか出来るようにするのが僕の役目。ヴェロニカは今まで通り索敵を続けて」

「了解です」


 ヴェロニカには珍しく、あまり元気がないようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る