メレン攻撃
その後、メレン城外にあった敵兵は城内に引っ込み、戦場は静まり返った。
〇
「ダキア人め、姑息な真似を……」
シグルズからの報告を受けた時は、ローゼンベルク司令官は不機嫌そうな表情を隠せなかった。
絶対無敵の存在と思われていた戦車が10両近く撃破されているのだ。やり場のない怒りが湧くのも無理はない。
「閣下、今回は、ダキア軍の力を僕が完全に舐めきっていたのが原因です。戦車を過信してしまった僕の責任です」
「それは誰でも同じだ。あれほどの活躍をした戦車に、ダキア軍がここまで素早く対応してくるとは、誰も思わんだろう」
「……はい」
シグルズもそれなりに、いや他の将官よりも悔しかった。地球で多種多様な対戦車戦術を学んだにも拘らず、それらへの対策を一切怠ってしまったのだから。
だが一方で、シグルズは戦闘の中で明らかな違和感を抱いていた。
「しかし閣下、ダキア軍の動きがあまりにもよすぎるとは思いませんか」
「それはそうだが……」
「それこそ、まるで我が軍の行動を知っていたかのように」
「……」
ローゼンベルク司令官も薄々感じてはいた。
街道を埋めつくした罠の数々に、それで戦車の進路を逸らした先に伏兵を配置するなど、数日で準備出来るものではない。だがダキアがゲルマニア軍の奇襲を知ったのはつい数日前である筈。
つまるところ、これらが示す事実は――
「……我々の中に内通者がいるとでも言いたいのか?」
「え、ああ、いえ」
そうではなく――
「まあ確かに、内通者がいるということも考えられなくはありません。しかし、それよりも、我が軍の魔導通信が敵に漏れていると考える方が自然です」
「通信が漏れるとは……どういうことだ?」
「つまりは、我々が魔導通信で伝えている声が敵側に聞こえているということです」
「そんなことが……有り得るのか?」
魔導通信が他人に聞かれることはない。それはこの世界では常識である。
「はい。有り得ます」
「そう、なのか……私はそういう技術とかには詳しくないから分からんが……」
魔導通信と言っても、その原理は電波を利用した無線通信と同じだ。シグルズに言わせてみれば、通信を傍受するのは実に簡単なことである。
暗号化もされていない以上、傍受されれば内容は完全に筒抜けだ。
「しかし、内通者の可能性の方が高いと私は思うのだが……」
常識外れのものと大昔からあったものを比べれば、普通は後者の方が妥当だと考えるだろう。
「無論、その可能性を完全に否定することは出来ません。しかし、魔導通信機を扱える者は非常に限られ、通信機そのものの数も非常に少ない我が国にあっては、内通など到底不可能であるかと」
ゲルマニアでは無線機一つ扱うのも国家資格級の技能が必要であり、通信機の数も相当限られている。
国家資格を持った人間が数少ない通信機をバレずに盗み出してまで内通をするとは考えにくい。
「まあ、そんなことを今考えていても仕方がない。メレンはすぐそこにあるんだ。とっとと落とそうじゃないか」
情報戦などという概念はまだこの世界にはなく、シグルズの提言はあまり理解されないまま、メレンへの攻撃は開始されることのなった。
〇
『全軍、砲撃初め!』
都市全体を城壁で囲んだ城塞都市メレン。その西側から接近したゲルマニア軍は、ローゼンベルク司令官の号令に合わせ、まず城門付近に激しい砲撃を加えた。
砲弾は榴弾から徹甲弾に切り替え、休む間もなく砲弾を城壁に叩き込む。かつてのメレン戦より大砲の数も砲弾の性能も上がってるが、果たしてどうなるか。
「シグルズ様、城内に多数の魔導反応を検知しました……」
ヴェロニカは気まずそうな声で。
そうして暫くしてみると、崩れた城壁が時を巻き戻すかのように、みるみるうちに傷一つない姿に戻っていった。
「なるほど……敵もまた、引きこもる準備をしていたってことか」
「ど、どういうことです?」
「我が方の大砲の威力は上がったが、敵が城壁を修復する能力も同じように上がった。そういうことだろう、師団長殿?」
「そういうことだ。まったく、面倒なことをしてくれる」
或いは城壁を完全に打ち砕けるとも思ったが、そんなことはなかった。結局、城内に突入することになりそうだ。
「以前のようにクレムリに飛んでいくのはダメなんですか?」
確かに前回はシグルズが敵の本城に殴り込むという荒業で戦争を終結させた。
「そうだな……ここまで用意周到なダキア軍が、敗戦に至った理由を放置しておくとは思えないよね」
「確かに……そうですね……」
そもそも、前回は敵の飛行魔道士隊がメレンから出払っていたからこそ出来た話。今回は敵の戦力が全て城内に控えている。
まあ、無理だろう。
「では、突撃するとしましょうか」
ナウマン医長は相変わらず仕事人である。
「ああ。全車、前進!」
城門の突破には計画通り戦車が用いられる。戦車と装甲車を混ぜた編制である。
「シグルズ様、城壁付近に魔導反応を確認しました!」
「やはり来たか。このまま突っ込むぞ!」
城壁の上に多数の魔導兵が姿を現し、戦車大隊に攻撃を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます