第一次攻勢Ⅲ

「落とし穴だって……そんなものをどうやって……」


 古典的な陣地くらいならまだしも、戦車をすっぽり落とせるような落とし穴など数日で作れるものではない。


「となると……ダキアはゲルマニアの動きを察知しているのか……?」


 シグルズは最悪の可能性を見出した。ゲルマニアの行動はダキアに筒抜けである、つまり、北方からの奇襲が全く成り立っていないのではないかと。


「だとすると――」

「師団長殿、原因を分析するのもいいが、今はこの状況をどう切り抜けるか考えるべきではないか?」


 頭をかかえるシグルズに、オーレンドルフ幕僚長は怒気を含んだ声で問いかけた。


「あ、ああ、そうだな。すまない」

「で、どうする?」

「ヴェロニカ、状況はどうなってる?」

「はっ。現在8両の戦車が行動不能となり、他全ての戦車は立ち往生しています」

「敵の動向は?」

「未だに動く気配は見られません……」


 ヴェロニカもそれには違和感を抱いた。落とし穴をわざわざ作って戦車を無力化することに成功したのだ。普通ならよってたかって殴りかかるべきだというのに、ダキア軍は何もしようとしない。


 まあ戦車の進行を止めることには成功しているが、それではいずれゲルマニア軍が突破するだけだ。


「ふむ……師団長殿、火薬の匂いがします」


 運転手のナウマン医長は唐突に。


「火薬……? 僕には分からないけど……」


 シグルズには全く分からなかったが、しかし、ナウマン医長の感覚が外れたことは一度もない。


「前方に、かなり大量の火薬があるかと」

「前方……まさか……!」


 この情報を総合するに、思いつく可能性は一つ。


「落とし穴に嵌った車両は、全車直ちに離脱!! 早く逃げろ!」

「シグルズ様、前方に巨大な魔導反応です!」

「! 早く離れ――」


 その瞬間、大地が震えた。爆音が耳をつき、土煙が舞い上がって視界が遮られる。それは凄まじい爆発だった。敵は落とし穴の中に火薬を敷き詰めておき、戦車が落ちるのに合わせて爆破したのだ。


「こ、こんなことが……」

「直ちに救援を向かわせろ!」

「――はっ!」


 装甲車の歩兵隊が前線に出て、生存者の救助を試みた。しかし――


「シグルズ様……生存者は、いませんでした……」


 ヴェロニカは悲痛な声で言った。


「そう、か……まさか、こんな原始的な方法で戦車が撃破されるとは……」


 シグルズは予想だにしなかった。まさか2回目の戦闘で戦車が撃破されることになろうとは。


「師団長殿、まだ致命的な損害を被った訳ではない。攻撃は続けるべきだ」

「そ、そうだな……これは戦車の死角が大きいのが原因だ。最前線に装甲車を配置し、偵察を行わせよう」

「妥当な判断だろうな」


 戦車を単独で前に出していたのがことの原因だ。視界の広い装甲車も前に出し、こんなふざけた罠に嵌らないようにする。


 そうして偵察をした結果、ダキア軍はこの街道を落とし穴で完全に塞いでいるということが分かった。


「これは……大きく迂回しないと通れそうにないな」

「相当な悪路となるが、装甲車でも通れるのか?」

「ただの悪路くらいなら何とかなるだろう。全軍で街道を逸れて移動するよう、ローゼンベルク司令官に伝えてくれ」


 落とし穴を埋めている暇はない。ローゼンベルク司令官も特に迷いなく納得してくれた。かくして部隊は街道を逸れて道なき道を進むこととなる。


「大きい木ですね……」


 ヴェロニカは呟いた。街道を外れれば、すぐそこは森である。まあこの世界の文明水準からして、それは普通だ。


「確かに、こんな間近で見るのは初めてかもね」


 戦車と比べてもなお、大自然は巨大だ。


「師団長殿、吞気すぎはしないか?」


 そんなことを話していたら、速攻でオーレンドルフ幕僚長に怒られた。


「……返す言葉もない」

「す、すみません……私が余計なことを……」

「まあ、別に怒ってはいないさ。そのくらいは兵士でも許されるだろう」

「そういうものか……」


 装甲車も乗り心地は悪そうだが、普通に装甲できている。特に問題はなさそうだ。


 が、その時だった。


「シグルズ様、魔導反応です!」

「どこからだ?」

「す、すぐ近くです! 森の方向です!」

「何?」


 ――奇襲か。


 今度はシグルズは動揺しなかった。森からの奇襲など、対戦車戦でよくあること。


 その報告の数秒後に、森の中から千人近い魔導兵が飛び出してきた。


「反撃! 歩兵部隊は応戦せよ!」


 戦車の武装、陣形は主に正面との戦闘を前提に作られており、側面からの攻撃には弱い。今頼りになるのは歩兵部隊の機関短銃と機関銃のみだ。


 装甲車から銃口を出し、歩兵部隊は応戦を始めた。装甲車と戦車を混ぜておいたのが早速功を奏した形だ。


「シグルズ様、戦車は応戦しないのですか?」

「こんな密集した状況で榴弾砲をぶっ放したら味方ごと吹き飛ばすからね。今は歩兵に任せるしかない」

「なるほど……」


 戦車と装甲車がいい遮蔽物となり、塹壕戦のような状況で魔導兵と戦闘を展開できている。


 が、次の瞬間、またしても嫌な光景をシグルズは見せられることとなった。


「し、シグルズ様、戦車が……」

「燃え上がっている……」


 前方の数台の戦車が炎上した。またしても戦闘によって戦車が撃破されたのだ。

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