第一次攻勢Ⅱ

「敵との距離は1,500パッスス、現在8両の戦車が離脱しました」

「いい調子だ」


 あっという間に半分が故障した前回と比べ、今回は敵の目の前まで来て4分の3が生き残っている。十分な稼働率だと言えるだろう。


「どうする、師団長殿? 撃つか?」


 オーレンドルフ幕僚長はシグルズに尋ねる。現在の両軍の距離は、戦車の主砲の射程ギリギリといったところだ。


「そうだな、撃とうか。二回目なんだ。わざわざ引き付ける必要もない……。全軍、撃て!」


 魔導通信機ごしのシグルズの号令によって、残った戦車ん32両が一斉に砲撃を開始した。砲弾はダキア軍の陣地に降り注ぎ、幾多の兵士を吹き飛ばしていく。


 だが、それで二度も崩壊するほどダキア軍も柔ではないようだ。


「あれは……あらかじめ散開した陣形を作ることで、砲撃による被害を減じているのか……。実に興味深い」

「君は裏切りでもする気か……」

「時と場合による」


 ダキア軍は兵士を密集させず散らばらせることによって、榴弾の被害を減らしていた。


 これまで大砲というのは完全に防御のための武器であり、大砲が攻撃に使われることは一度もなかった。それ故に前回のダキア軍は大混乱に陥った訳だが、実に素早い対応である。


「……まあいい。攻撃は続行し、距離を詰める」

「妥当な判断だな」


 主砲を撃ち続けながら戦車師団は前進。その間ダキア軍はひたすら撃たれているだけで、一切反撃をしてこなかった。


「シグルズ様、最前線の戦車から、前方に障害物を発見したとの通信が」

「障害物か……賢いな」


 地球でも戦車を食い止める最大の手段は障害物を置くことであった。実に単純でありながら、いくら戦車が進化しようとも、それを完全に無力化する手段を戦車はついに見いだせなかった。


 ごく初期の戦車であるゲルマニアの戦車に対しては、その効果は尚更であろう。


「これは、マズいのではないか? 車というのは階段すらも登れないのだぞ?」


 オーレンドルフ幕僚長の、というかこの世界の全人類の認識はこうだ。馬車や牛車が乗り越えられるのはほんの僅かな段差だけで、意図的に置かれた障害物を乗り越えることなどまず不可能であると。


 だが、シグルズは違う。


「確かに、普通の4つか2つの車輪で動く車ならそうだろう。だが、戦車はどうだ? 車輪などそもそもない」

「言われてみれば……確かにそうではあるな」


 戦車の足回りは無限軌道(キャタピラ)だ。車輪とは根本的に原理が違う。


「それが障害物を乗り越えるものなのか?」

「そういうことだ。無限軌道の走破能力は車輪の比ではない」


 無限軌道の形を取っている理由には重さを分散させるというのもあるが、それ以上に悪路を走破する為というのが大きい。


 そもそも地球で最初の戦車は塹壕を無理やり突破する為に生み出されたのだ。鉄条網や障害物や塹壕を踏みつぶして突破することは前提である。


「全車、障害物は気にせず前進!」

「よ、よろしいのですか、シグルズ様?」

「ああ、よろしい。気にせず進むんだ」


 戦車を使う者が戦車の特性を理解していないのはよろしくないと思いつつ、シグルズはただただ前進を命じた。


 ○


 それを命じられた方の戦車。最前線の4号車は、最初に障害物と接触しようとしていた。それは三角形に組まれた丸太の束であり、古代から陣地の防御に使われてきたものである。


「こ、これを乗り越えるのですか……?」


 運転手が不安そうに言う。


「そういう命令だ。仕方ないだろう」

「わ、分かりました……全速、前進……」


 運転手はどうにでもなれという気持ちで戦車を加速させた。


「ぶ、ぶつかる……!」

「……」


 運転手は弱弱しい声を出し、車長はごくりと生唾を呑む。そして戦車は障害物に正面から衝突した。メキメキと木が折れ、戦車も上下に激しく揺れる。


「あ、あれ……?」

「と、突破したのか……」


 それだけであった。丸太は簡単にへし折られ、障害物の残骸は何ら問題なく乗り越えることが出来たのだ。


 ○


「4号車より、障害物は簡単に突破出来るとのことです!」

「ほら、言った通りだろう?」

「証拠を示されては何とも言えんな……」


 その後戦車は次々と障害物を破壊し、易々とダキア軍の作戦を突破した。しかし、その間もダキア軍は何の攻撃もしてこなかった。


「だが……せっかく作った障害物が壊されていくのを、奴らは静観していたと?」


 オーレンドルフ幕僚長はあくまでダキア軍を訝しんでいる。障害物を置くのならば、それを越えようとしているところを全力で叩くべきだ。だがダキア軍はそれをしてこなかった。


「それは……障害物が最早無意味だと察したからじゃないのか?」

「だとしても、事前に部隊は配しておくものだろう」

「確かにな……」


 障害物が無意味だと事前に察することは不可能だ。やはりダキア軍の行動はちぐはぐと言える。


「確かに不気味ではあるが……致しか――」

「シグルズ様!」


 ヴェロニカが緊迫した声で叫んだ。


「な、何?」

「4号車が落とし穴に嵌ったとのこと! 救援を請うと!」

「お、落とし穴?」

「確かに、落とし穴は最良の手段ではあるな」

「何で君は落ち着いてるんだ……」


 どうやら目に見えていた障害物はただこちらの目をごまかすためだけのものだったらしい。本命は間違いなくこの落とし穴だ。

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