第一次攻勢
ACU2311 3/28 ダキア大公国 戦時首都メレン近郊
シグルズが魔法で作り続けた線路の上を戦車を載せた輸送列車が走り、歩兵はその傍を歩く。
「ああ……次の線路はあっち」
『了解です』
今回は前線に同行しているクリスティーナ所長が指示をして、その通りにシグルズが線路を作る。次々と線路が延伸され、機関車も機関車で歩兵の歩く速さに合わせ、ほとんどブレのない運行をしてくれている。これはナウマン医長の手腕だ。
「はあ……お姫様、早く降ろしてくれません?」
「ええ……? もうちょっと飛んでようよ……」
クリスティーナ所長に魔法の才能はほとんどないが、線路を敷くには上空から地勢を観測した方が断然いいということで、ライラ所長が彼女を抱きかかえて飛んでいた。シグルズは地上付近で作業をしている。
「た、高いのは苦手なんです……」
「じゃあ、尚更だよね。高所恐怖症を頑張って克服しよー」
と、全くやる気のない声で言う。
「この……」
クリスティーナ所長は精一杯恨めしそうな声を出した。
「ああ、感謝の言葉も出ないんだね」
「どうしてそうなる!?」
「うーん、クリスティーナはいっつも言ってることとやってることが逆だからね」
「何ですか……それ」
そんなこんなで進軍の速度はゲルマニアの一般的な師団と比べて遅れることはなく、一週間ほどでダキアとの国境から戦時首都メレンを観測できる距離にまでたどり着いた。
その間ダキア軍の抵抗は一切なく、それは逆に不気味であった。
「これまでグンテルブルクへの攻撃はないんだよな?」
オステルマン師団長は話題作りにシグルズに問いかけた。
「はい。どの戦線においても、ダキア軍の行動は一切確認できていません」
「どうなってるんだろうな……」
まるでダキア軍というものが消滅したかのようだ。偵察行動の一つすら見られず、防衛線を支える部隊は暇であり、シグルズら本隊も今のところ遠足みたいな状態である。
『シグルズ様! 前方80キロパッススに、大規模な魔導反応を確認しました!』
その時、魔導探知機で索敵を行っていたヴェロニカがやっと敵を発見した。
「敵の数は?」
『おおよそ3,500です!』
「一応は首都に置いていた部隊、といったところだろうな」
「でしょうね……。ヴェロニカ、直ちに司令部に連絡してくれ」
『はっ!』
司令部というかローゼンベルク司令官への連絡である。そして直ちに師団長などを集めての軍議が開かれた。
「敵は多く見積もっても4,000か。戦車を使わずとも数で押しつぶせる程度の兵力ではあるが……ヴェロニカ君、敵は城外で待ち受けているのだな?」
「はい。それは間違いありません」
ヴェロニカはローゼンベルク司令官に対しても臆することなく答えた。立派になったものである。
「ふむ……メレンという難攻不落の要塞を持ちながら、なおも城外での決戦をしようというのか……」
兵力で劣っているのなら尚更、籠城を選ぶべきである。そしてダキア軍はそんな当然の理屈が分からない馬鹿ではない。
「何らかの策略があると考えるのが自然であるかと」
シグルズははっきりと言い切った。ダキア軍は必ず何か考えがあって部隊を城外に展開している。
「しかしな……一体何を考えているのやら……」
「……それは僕にも分かりかねます……」
格好つけて敵の罠だなどと言ってみたものの、肝心の内容についてはシグルズにも想像が付かなかった。ゲルマニア軍に戦車がなかったとしても勝てる可能性が薄い会戦をわざわざ仕掛けてくる理由は、全く理解不能だ。
「となると……周辺警戒を厳としつつ慎重に仕掛けるくらいしか、選択肢はないか……」
「そうですね……」
「何か、ダキア軍の試みが思いつくものは?」
師団長全員が沈黙を保った。結局大した対応はなく、根本的にはいつもより慎重に戦おうということしか出てこなかった。
「では、時間が惜しい。我が方から仕掛け、敵を壊滅、そのままメレンに攻め込む」
「「「はっ!!」」」
師団長たちのやる気はばっちりだ。
○
「やはり……改造をしたとは言え、4人乗りでは狭いな……」
第88師団のオーレンドルフ幕僚長は、例になく不愉快そうな声で言った。彼女が感情を露わにするには珍しい。
「まったくだ……」
シグルズもこの点については完全に同意している。
先のポドラス会戦でシグルズが乗っていたのは、他の戦車と何ら変わりのないⅠ号戦車であった。だがシグルズの戦車が主砲を撃つことはなく、また指揮機能にも問題があった。
そこでシグルズはライラ所長に頼んで、Ⅰ号戦車を改造したⅠ号指揮戦車を作ってもらった。主砲を撤廃するという大胆な改造を行い、戦闘能力は大幅に減じたものの、視界が広がり、各隊との魔導通信も行いやすくした特製の車両である。
車内は通常のⅠ号戦車より広くなっているのだが、やはり副官は近くにいた方がいいというシグルズの意向で4人乗りにした結果、1人当たりが使える空間はあまり変わっていないというのが現状ではある。
まあ素直に装甲車に乗れば早いのではないかという話ではあるのだが、発案者である自分も戦車の乗るべきだというシグルズの割と強い意向により、こういう形になった。
また今回は最前線にはいかず、少々後方から指揮をする形となる。
「では、行こうか。全車、前進!」
「全車、前進!」
戦端を切るのは第88師団の戦車大隊である。
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