第一次攻勢計画Ⅱ
「まず第一に、敵は我が軍の戦車が北側から攻め込んでくるとは、万が一にも思わないでしょう」
「まあ、確かにな」
戦車ほど密度が大きな物体を木造帆船で運搬することは不可能だ。船が粉砕される。そしてダキア軍はゲルマニア軍が擁する鉄製輸送艦の存在を知らない。
これだけで十分奇襲は成立する。
因みに、戦車を生産できる規模を持った工廠は未だに帝都周辺の少数に留まっている。
「敵は当然、戦車への何らかの対策を考えているでしょう。しかしそれは中央、グンテルブルクとの国境に集中しているはず。我々は敵の備えがない北方から、堂々とダキア領内に攻め込むのです」
「なるほど。しかし、この戦車がメレンまでの遠大な道を走り切れるのか?」
ポドラス会戦では、僅か1キロパッススにも満たない距離を走行しただけで半数の戦車が故障し脱落した。国境からメレンまでの距離はその数百倍。とても戦車がたどり着けるとは思えない。
「それについてはご心配なく。専用の戦車輸送列車を用意しています」
「準備がよいのだな……」
まあこっちについては既存の貨物列車を少々改造した程度のものであり、別段難しいものではない。機関車の製造工場くらいはスカディナウィア半島にもある。
「蒸気機関車と言えどここまで巨大な貨物を運んだことはないと思うが……」
「客車の方が戦車の何倍も思いですよ」
「……言われてみれば、それもそうだな」
もっとも、逆に言えば客車程度の重量しか運搬できないということ。1両の蒸気機関車につき、運べるのは精々10両の戦車くらいなものだろう。
「当然、十分な機関車の貨車は用意してあるのだな?」
「はい。我が総統には、大変お世話になりました」
「なるほど……」
「まったく、君という奴は……」
全てを知っているはずのローゼンベルク司令官が声を上げた。唯一絶対なる神聖ゲルマニア帝国総統のことをまるで使いっ走りのように扱うのを見ていると、ローゼンベルク司令官でも肝が冷えるのである。
下手をすれば親衛隊に粛清されかねない訳だが――
「まあ、君にはその心配もないか」
「? 何ですか?」
「いや、何でもない続けてくれ」
「はっ。ええ……機関車の手配問題ないというところまで話しましたね」
「ああ。しかし、度々の質問で悪いのだが、ダキアにマトモな線路などあるのか? ダキアは小型機関車の1両も保有していないと記憶しているが……」
機関車があっても線路がなくてはどうにもならない。当然のことだ。そしてこのフォルケンホルスト司令官の記憶は正しい。
ダキア大公国に線路は1パッススたりとも走ってはいないのだ。
「はい。確かにダキアには線路など全く存在しません」
「では、どうするのだね?」
「これは非常に不本意ではあるのですが……魔法で線路をひたすら作り続け、列車を無理やり進めます」
「そんな馬鹿なことが……いや、ハーゲンブルク城伯だからこそなせる業か」
線路という巨大な構造物を作るのには大量のエスペラニウムが必要である。それを用意するのはゲルマニアには困難であるし、万が一にもエスペラニウムが切れたら全ての列車と戦車を置き去りにしなければならないというのも、余りにも危険だ。
だがシグルズがいればその心配は無用である。シグルズはエスペラニウムなしに、無尽蔵に魔法を使える常識外れの存在なのだ。
「そうして戦車を擁しつつ我が軍は前進し、ダキアの戦時首都メレンを直撃します」
「メレンを落とすのに戦車を使うという訳か」
「はい。戦車ほどに城門の突破に適した兵器はありません」
城門というのは狭い道をぎちぎちに通ってきた敵を四方八方から滅多打ちにする為の設備である。特に人間程度なら数人を貫ける魔道弩ならば、非常に効果的に防衛することが出来る。
流石のゲルマニア軍でもそんな場所を突破するのは非常に困難であるが、戦車があれば話は別だ。戦車の正面装甲はダキア軍のあらゆる攻撃を防ぎ、主砲の榴弾砲は遮蔽物の奥の敵でも薙ぎ倒すだろう。
「という訳で、ダキアが混乱しているうちにメレンを速攻で落とし、ダキアを降伏に追い込むというのが、我が軍の基本的な戦略です」
「なるほど。よい作戦だな」
「一応私が立案したんだがな」
「こ、これは失礼を、司令官閣下」
シグルズはあくまで戦車の活用方法について助言をしただけ。再びメレンに一撃を加えダキアを屈服させようというのは、参謀本部及びヒンケル総統の意思である。
そして最終的に作戦を立案したのはローゼンベルク司令官だ。
「まあいい。何か質問のある者は?」
「では私から。えー、グンテルブルク王国の防衛はどうするおつもりで?」
オステルマン師団長は単刀直入に問うた。
「それについては、何とか捻り出した8万の兵力で何とかする」
「東部方面軍総司令官閣下がそんな曖昧なことを?」
「こっちは時間さえ稼げればいいのだ。中央軍が耐えている間に、こちらの本隊が敵を降伏させる」
「ま、私はあくまで戦術家です。戦略の方には口を出さないようにしますよ」
「――そ、そうか」
オステルマン師団長は明らかに計画に疑問を呈していたが、本人が特に追及しない以上、ローゼンベルク司令官の側から聞くというのもおかしな話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます