第一次攻勢計画
ACU2311 3/18 神聖ゲルマニア帝国 カレリア辺境伯国 ヘルシングフォシュ
カレリア辺境伯国は、地球で言えば大体フィンランドの南部に相当する、神聖ゲルマニア帝国内の領邦である。また地理的にダキア大公国と接する4つの領邦の一つだ。ちなみに他の3つは、グンテルブルク王国、ノイエスライヒ大公国、アヴァール公国である。
その首都であるヘルシングフォシュにはゲルマニア軍の大規模な基地が置かれ、そこにはゲルマニア軍の保有する戦車40両全てが配備されていた。
「まさか、ダキア軍の奴らも、戦車を船で運べるとは思わんだろうな」
オステルマン師団長は戦車を眺めながらシグルズに言った。
「ええ。鉄製輸送船のお陰です。ライラ所長には頭が上がりませんね」
竜骨から装甲に至るまで全てを鋼鉄で作った「戦艦」を建造する計画はかなり前から動いている。が、いきなり戦闘艦艇を作るには経験の蓄積が足りず、まずは鋼鉄製の輸送船を建造してみることとなった。
これは特に実戦に使用する予定はなかったのだが、海上で戦車を運べる唯一の存在として、偶然にも使われることとなった。
「まったく、あいつ何者なんだ」
「ただの天才の方としか言いようがないですよね……」
この世界的にはシグルズもよっぽどの天才だと思われているのだが、ライラ所長もライラ所長だ。遥か未来の技術を即座に理解し量産を可能にするその圧倒的な頭脳には、最早誰もついていけない。まさに天才である。
「あれですかね、目の前に図面が浮かんでみえるみたいな」
「なんだそれ?」
「そういう人がいるんですよ。紙も鉛筆もなく設計をし始める人間が……」
「それもそれで気色悪いな……」
地球の歴史上の天才たちの中には、そういう感じの人間が割といる。ライラ所長もその類なのかもしれない。まあそれを追及して彼女の天才性が失われるのはよくないから、今後も何も言うべきではないだろう。
「あれ、でも、そう言えばオステルマン師団長閣下はライラ所長の古い知り合いでしたよね?」
「ああ。そうだが」
そもそもシグルズとライラ所長が知り合いになっているのは、オステルマン師団長の紹介のお陰である。
「昔はそういう感じはなかったんですか?」
「そう言われてみると……昔はそんな変な奴じゃなかったな。普通のお姫様だったと思うが……」
「な、なるほど……」
「まあつまり、よく分からんってことだ」
さて、戦争の話に戻ろう。
○
ヘルシングフォシュ基地、前線司令部にて。
ここに集結した6万の部隊はダキアへの反撃において主力となるものである。よってローゼンベルク司令官もここを本陣としている。
「しかし、たったの6万でダキアを落とすなど、可能なのでしょうか……」
第9師団のファルケンホルスト師団長は暗い顔で。普通に考えれば、魔導兵8万を擁する国にたった6万で攻め込んで勝てるものではない。
「もちろん、普通にやったら無理だろう。が、今回は短期決戦でいくんだ。戦時首都とやらを直撃し制圧、敵の士気を挫いて降伏に追い込むのが今回の作戦目的だ」
それは戦略的な電撃戦に近い概念だ。もっとも、全員を乗せられる分の自動車すらない以上、機甲師団のような迅速な展開は未だに不可能であるが。
「それが上手くいくのか……」
「確かに、我が国にそれを撃退した実績があるからな……」
ヴェステンラント軍の赤の魔女ノエルが試みた帝都直撃。だがそれはゲルマニア軍の戦略の前に敗退し、ゲルマニア軍に何ら損害を与えることは出来なかった。
その二の舞を自ら演じる羽目になるのではないかという意見は、高級将校から下級士官まで根強くあった。
しかしそれを強攻せざるを得ない理由があるのだ。
「現状、ダキアとの国境を網羅できるような兵力を用意することは出来ない。それはこれからも同じだろう。よって我々は、ダキア軍が多少なりとも混乱している今のうちに、これだけの兵力でダキアに致命的な打撃を与えねばならない」
ローゼンベルク司令官は迷いなく言う。今打撃を与えられなければ、ダキアを屈服させることは非常に困難になる。まあヴェステンラントのエウロパ遠征軍を追い出せれば全兵力を集中することは出来るのだが、それはまだ先の話だろう。
やはり今、最低限の兵力でダキアを叩くしかない。
「その理屈は理解出来ますが……分かりました。全力を尽くして戦いましょう」
「うむ。そうしてくれ」
感情を気にしている場合ではない。必要が、それを命じているのだ。
「それでは、作戦を説明する。ハーケンブルク城伯、頼んだ」
「はっ」
皆がシグルズと呼ぶのでハーケンブルク城伯とはシグルズのことである。忘れられがちだが、シグルズの本名はシグルズ・フォン・ハーケンブルクだ。
「今回の作戦の要訣は、先にあったように、ダキア大公国の戦時首都メレンを制圧することにあります。敵に一切考える時間を与えないうちに最高司令部を叩くことで、敵を降伏に追い込みます。基本的な作戦目標はこれだけです」
「それだけ……なのか?」
「はい。無論、それなりの考えもあってのことではあります」
「聞かせてくれるか?」
フォルケンホルスト師団長に――と言うよりかはここにいる師団長5名に、シグルズは説明を続ける。
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