ダキアのマキナ
ACU2311 3/2 ダキア大公国 戦時首都メレン
「それで――君が、噂に聞くマキナ・ツー・ブラン君かね?」
ピョートル大公は、執務室を訪れたにも拘わらず言葉を発しようともしない少女に話しかけた。少女は全く場違いなメイド服を着て、つまらなさそうに佇んでいる。
「はい。私がマキナ・ツー・ブランです」
「…………」
「…………」
会話というのもが生まれない。ピョートル大公は何とかして話す内容を捻りだそうと奮戦していたが、マキナは何も気にしていないようであった。
「では、こうしよう。まず、君は魔導通信を傍受することが出来ると聞いているが、それは本当か?」
「はい。本当です」
「そんなとんでもないことを、我が国に教えていいのか……?」
ダキアは――というか全世界のヴェステンラント以外の国は、魔導通信は相手と自分だけにしか聞こえない、絶対の安全性を持った通信方法だと当然のように考えていた。絶対の安全性と、惑星の裏側の人間とでもすぐそこにいるかのように話せる利便性を兼ね備えた、完全な通信方法であると。
が、そんな常識をこの少女はさも当然のように否定したのである。
「やはり、にわかには信じがたいな…………」
「別に、信じて下さらなくても結構です」
「いや……一応、君には期待しているんだが……」
「では期待して下さって結構です」
「…………」
「…………」
会話が全く進展しない。
――これがメイドか……?
ピョートル大公は、マキナがメイドを務めていることが甚だ理解出来なかった。礼儀作法も何もかもをかなぎり捨てたような彼女がメイドなど出来るものかと。
「ではこうしよう。これから外で部下に通信を打たせる。その内容を私に教えてくれ」
「承知しました。しかし、既に通信が付近を飛び交っておりますが」
「言われてみれば……そうか」
ここは戦時首都であり今のところダキア全軍の最高司令部である。よって大量の追伸が日夜打たれている。
「では、それらの内容を教えてくれるか?」
「はい。ではまず、『今日の13時に作戦を決行する。ピョートルを必ず殺せ』」
「は……?」
「ここから東に300パッススほどの場所に通信機があります」
「え、あ、ああ、そうか……」
――冗談か? いやでも冗談にしてはヤバすぎるだろう……
冗談でもなさそうなので、ピョートル大公は治安部隊を向かわせてみた。
○
「報告致します! 大公殿下に反旗を翻し、しかも殿下に手をかけようとした逆賊を逮捕致しました!」
「あ、ああ……。 よくやってくれた。その者たちは公平な裁判にかけて裁くように」
「はっ! では、失礼致します!」
――本当にいた…………
何だかよく分からないうちにピョートル大公は命の危機を脱したのであった。
「ま、まあ、これで君の力が本物だと証明された訳だな」
「そうですね」
「しかし……このクレムリから大量に通信が行われているというのに、この通信をわざわざ探し出してくれたのか?」
ピョートル大公は特別、敵対勢力の通信を傍受せよとの命令を出した訳ではない。しかしマキナはわざわざ、大量の通信の中からこの逆賊の通信を探し出した。
「私は周囲の通信から適当なものをお伝えしただけです」
「そうか……」
――一応、それなりのことは考えていてくれるのだな……
ピョートル大公はマキナのことを何も考えていない、それらしい言葉を返している人形のようにすら思っていたが、案外色々と考えてくれているらしいということが分かった。
「まあ、これで君の能力は証明された訳だ。今後ともよろしく頼む」
「はい」
「それで、君はいつまでここにいてくれるんだ?」
「期間については契約に含まれておりません」
「まあ……それもそうか」
マキナはヴェステンラント軍から送られてきた援軍である訳だが、その貸出期間については特に誰も言及していない。つまりはピョートル大公が返そうと思うまでいつまでも借りていて問題ないという訳だ。
「では……君はここにいたいと思うか? 或いは戻りたいと思うか?」
「今すぐにでもクロエ様の許に戻りたいです」
「ええ……」
「…………」
当然のように拒絶されたのはなかなか心が抉られるものだったが、一方で、マキナがちゃんとした感情を持っていることに安堵もした。
「では、出来る限り早く君が帰れるように努めよう」
「お願いします。この戦争を早期に終わらせる試みは失敗したようですが」
「い、言ってくれるではないか……」
先のポドラス会戦は、勝つつもりでいた。あの会戦で勝利し、ゲルマニア軍の防衛線を食い破り、大部隊を以て帝都ブルグンテンに侵攻する。そうしてダキアに優位な条件を叩きつけ、講和条約を結ぶつもりでいた。
が、現実ではその攻勢は頓挫し、ダキアこそが逆に攻め込まれようとしている。マキナが派遣されてきたのも、ダキアを何としても存続させる為だ。
「まあ、暫くは君の手を借りることになるだろう。ハバーロフ大元帥も捕えられてしまったし……」
ダキア軍は現在、見えないながらも存亡の危機に晒されている。ダキア軍の最高司令官であったハバーロフ大元帥、及び多くの将軍が突然に失われたのだ。指揮系統は崩壊し、その隙間を埋めるべく、多くの将軍が暗躍している。
先の暗殺騒ぎもその一つだろう。
「分かりました。殿下の御命令には従います」
「頼んだぞ」
ハバーロフ大元帥を失ったピョートル大公の手腕が試されているのだった。
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