第二十章 ゲルマニアの反撃

戦車の評価

 ACU2311 2/23 ルシタニア王国 王都ルテティア


 ヴェステンラントに制圧されて久しい北ルシタニアは、すっかりヴェステンラント人がくつろげる場所になっていた。特に大都市ではヴェステンラント兵が平然と歩き回り、さも当然のように食事をしたり買い物をしたりしている。


 ルシタニア王国でも最大の都市である王都ルテティアにはヴェステンラント軍のエウロパ遠征軍の前線司令部が置かれていた。ちなみにエウロパ遠征軍の最上位の司令部はブリタンニア王都カムロデュルムに設置されており、赤公オーギュスタンが仕切っている。


 そしてこの前線司令部を仕切っているのは白公クロエである。かつてルシタニア王のものだった宮殿を接収し、自分の宮殿のように使っている訳だ。もっとも、クロエは豪勢な生活などには興味がなく、大半の部屋が兵士の宿泊の為に使われているが。


 今日は将軍を皆集めての大会議である。議題は言わずもがな、ダキア軍が敗北した決戦についてである。


「これが戦車、ですか……」


 真っ白な肌と赤い目、白公クロエ・ファン・ブランは報告書を見て呟いた。この世界から見れば極めて特異な存在であるこの兵器に興味を惹かれない軍人などいない。


「はい。この兵器をゲルマニア軍は戦車と呼んでいるようです」


 クロエの専属無表情メイド――マキナ・ツー・ブランは間をおかずに答えた。


 マキナの得意な魔法の能力は、魔導通信の盗聴にも使われる。魔導通信を盗聴することが可能だということは、ヴェステンラントが世界に隠している最重要機密である。


 そうして得た情報から「戦車」という言葉については以前も報告が上がっていた。が、それがいかなるものであるのかは誰も分からず、今回の戦闘で初めてヴェステンラントはその姿を見たのである。


「しかし……魔導弩を通さない装甲と榴弾砲を積んだ車ですか……」

「ダキア軍の練度がたかが知れていたからではありませんか? 我が軍ならば撃破することも叶う筈です!」


 クロエの腹心、勇猛果敢の女騎士、スカーレット・ドミニク・リーゼンフェルト・ファン・ヨードル隊長は堂々と宣言した。多くの将軍もスカーレット隊長の見解に賛同した。


 確かに規格化された魔導弩や魔導装甲でも個人の能力によって攻撃力や防御力は変わる。ヴェステンラント軍の正規品を供与しているとは言え、ダキア兵の方が弱いのは確かだろう。


「しかし……ダキア軍の精鋭である飛行魔導士隊でも貫けなかったそうですが……」

「精鋭とは言え、所詮はダキアの中での精鋭なのでは?」

「女王陛下がそれなりの実力はしていると評価された部隊ですよ?」

「え、ほ、本当ですか……」


 スカーレット隊長は狼狽して一瞬言葉を失った。


「ええ。本当ですよ。ですので、彼女らが撃破出来なかったのであれば、我が軍の大半の兵士では相手にならないでしょう」

「そ、そうかも、しれません……」


 クロエにこうも断言されると、スカーレット隊長も言い返すことは出来なかった。


「やはり、敵の実力が全く分からないのは困りますね……ダキア軍には一両くらい撃破して欲しいものでしたね」

「で、殿下……」


 クロエはさらっと同盟国を馬鹿にした。


 と言うのも、一両も撃破できていない以上、ヴェステンラント軍の精鋭――それこそスカーレット隊長のような魔女が当たったとしてどうなるかが分からないのである。一両でも撃破できていればそれ以上の攻撃をぶつければ勝てると分かるのだが。


「まあ、過ぎたことをどうこう言ってもどうにもなりません。この戦車をどうするのか考えましょう」

「そもそもですが、こんなものが本当に自力で動いていたのですか? 私にはとてもそうとは思えませんな……」


 いつも最前線で負傷しているブリューヘント伯は言う。まあヴェステンラントの技術力では原始的な自動車ですら手に余るのだが。


「となると……魔法を用いている可能性があるのでしょうか?」


 スカーレット隊長は直感した。流石のゲルマニアの技術力でもあの巨大な物体を機械の力だけで走らせることは不可能であろうと。魔法と科学技術を組み合わせたものがいかに強力なのかは、大八洲との戦争で嫌になる程思い知らされている。


「となると、ゲルマニアにエスペラニウムを与えている者がいます」


 珍しくマキナが自分から言葉を発した。


「そうですね……となると、まあ誰がエスペラニウムを売っているかは明らかですね」

「ガラティア帝国……」


 確かめるまでもない。他国に売れるほどのエスペラニウム産出量を誇り、今現在ゲルマニアとそれなりの友好関係にある国。そんなものはガラティア帝国しかない。


「ふむ……これは私達で勝手に決められる問題ではないですね。この話は本国に伝えておいてください」

「はっ」


 ガラティア帝国を恫喝してゲルマニアとの取引を止めさせるとの手もあるが、前線の部隊が勝手にやっていいことではないだろう。これは外務卿の仕事だ。


「では、こちらは最悪の場合を見越して、戦車を撃破する方法でも考えておくとしましょうか」

「はっ」


 ヴェステンラント軍は何の対策も講じずに戦車と戦おうとする愚鈍な集団ではない。

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