戦車の是非
「はい。今回の戦果は、敵が勝手に逃げ惑い、勝手に殺し合いを始めてくれたからこそ掴めたものに過ぎません。極論を言ってしまえば、戦車の大きさをした張りぼての車を用意しても勝てたということです」
実際、戦車が直接に敵に与えた損害は大きくない。敵は勝手に抵抗を諦め、勝手に崩壊していった。戦車大隊はその空っぽの本陣を制圧したに過ぎないのだ。
唯一大戦果を上げた戦闘も、これまで多くの成績を残してきた機関短銃によるものである。
「この報告を読む限りでは、そうとも思えんが……」
「もちろん、敵の魔導弩を完全にはじき返し、榴弾砲と機関銃を用いて魔導兵と互角に戦えることまでは証明されました」
「それで十分ではないのか?」
「いいえ。まだまだ魔導兵との戦闘で何が起こるのかは不明瞭です」
確かに正面から撃ち合うのであれば戦車が圧倒的に強い。が、魔導兵の側が戦車を理解し、それに対する組織的な抵抗を試みたらどうなるのかはまだまだ分からない。
シグルズにも想像がつかないような、魔法を活用した対戦車戦術を、誰かが編み出すかもしれないのだ。
しかしシグルズは今になって、ダキア軍が善戦すらしてくれなかったことを不愉快に思い始めていた。せっかくの戦車の初実戦だというのに、その評価すら行えなかったのである。
「なるほどな……」
「つまりは、まだ戦車の能力を正しく評価することは出来ないということです」
「となると、戦車を量産すべきか否かは判断しかねるという訳か……」
「しかし……私は戦車がこの戦争を打開する切り札であると考えますが……」
ローゼンベルク司令官は不思議そうに。彼からすれば、敵が勝手に瓦解したというのも事実であるが、仮に敵が陣形を整えて抵抗していたとしても戦車にはそれを粉砕する力があったと見える。
「そうだな。私もそう思う。シグルズ、君は正直、自分の兵器への評価が低すぎるとしか思えんな」
「そうでしょうか……」
「そうだ。帝国の軍人が自信を持たなくてなんとする。まあ私は軍人ではないが」
「はっ。それでは、自信を持つこととします」
「それで結構。戦車の量産は継続、或いは拡大することとする。これは総統命令だ」
「ありがとうございます、我が総統」
いずれにせよ、戦車はより大規模に運用することこそが本懐だ。今回の戦闘は敵も味方も本来の力を出せなかった戦いだと言える。
「それで、戦車はより大規模に運用すべきとのことだったな」
「はい。たったの数十両では話になりません」
「では何台欲しいのだ?」
「今回は人数的に戦車大隊でしたが、今後は戦車師団を運用したいと考えます。ですので、まずは最低でも400両の戦車、400両の装甲車を用意して頂きたい」
「よ、400か……」
あのヒンケル総統でも少しばかり狼狽える数。地球では全く大した数ではなかったが、やっと自動車を作ることに成功したようなゲルマニアにとっては大変な数である。
「しかも、その数を揃えて1個師団に過ぎないのだよな」
「はい。少なくとも3個師団は揃えないと、運用の柔軟性を欠くかと」
「となると、1,200両の戦車か……ザウケル労働大臣、これほどの数の戦車、装甲車を生産することは可能か?」
ヒンケル総統は、総統官邸でも白衣を着ている根っからの技術屋、クリスティーナ・ヴィクトーリア・フォン・ザウケル労働大臣に尋ねた。ゲルマニアの兵器生産の全権を委任されている彼女が、ゲルマニアの生産能力について一番詳しいのである。
「そうですね……当然、時間はかかります。既存の兵器生産に影響を与えない範囲で生産を続けるならば――最低でも18ヶ月は必要です」
「18ヶ月か……シグルズ、これでどうなのだ?」
18か月もの間戦車の生産が完了するのを待っているというのはいい選択ではない。戦争の長期化は国家に多大な負担をかけるし、軍の士気も下がるだろう。
「これは、戦車師団を作るというのは高望みが過ぎたのかもしれません」
「ではどうする?」
「今回の戦車大隊を複数用意することを主として機甲戦力を整えます。最低限、100両は戦車と装甲車を用意してもらえれば、本格的にヴェステンラントやダキアへの侵攻を試みることが可能でしょう」
「そうなると、半年もあれば戦力を揃えることが可能か」
半年後を見据えての反撃戦略。それに光明が見えてきた。
「となると、やはりダキアを落とすのが先か」
「それは……」
シグルズは何か言いにくそうな顔をしている。
「? 何か私がおかしいことを言ったか?」
「先にやるなら、まずはヴェステンラントをエウロパ大陸から追い出す方が先かと」
「何故だ?」
「ダキアは、すぐそこに本土があります。本気で抵抗されれば、アストラハヤの奥地まで攻め込まねばなりません。しかしヴェステンラントの本土は遠く離れており、港などを押さえれば抵抗できなくなります。ルシタニアからはほとんどエスペラニウムが採れませんし、現状我が軍の兵力は西部戦線に偏っています」
「なるほど……そう言われてみれば、そうかもな」
「もっとも、ダキアが混乱している今だけは、ダキアへの反撃を優先すべきかと考えますが」
これは作戦通りである。今すぐ電撃的にダキアを落とすのが最良の手ではあるが、果たしてうまくいくのか。
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