終幕

 ACU2311 2/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原 ゲルマニア軍前線司令部


「閣下、敵軍は、完全に撤退しました」

「我々は、勝ったのか……」

「はい。我々の、勝利です」


 司令部のローゼンベルク司令官に、ダキア軍が完全に撤退したとの報告が入った。つまるところはダキア軍の侵攻を食い止めたという勝利の美酒である。


 軍事的に見ればこれは、過去に類を見ない偉業だ。かつては10倍の兵力を擁してもなお苦戦すると考えられていた魔道兵を、ほぼ同数の兵力で撃退することに成功したのである。


 が、そんな極上の美酒であっても、司令部の人間を酔わせることは出来なかった。彼らはただただ安堵のため息を吐いて、ぐったりとするばかりであった。


「それで、我が方の損害は?」

「はっ。現在集計中ではありますが、死者はおよそ8,000、負傷者は15,000に迫るとの事です」

「そうか……分かった」


 死傷者は合計して23,000。これはここに来たゲルマニア軍のほぼ半数に相当する数である。本来なら全滅と言っていい損害ではあるが、死者も負傷者もかなぐり捨てる死守戦術により、ゲルマニア軍は何とか前線を維持した。


 勝利と言っても、ダキア軍がもう少し粘っていれば完敗していたような、そんなものであった。


「全軍、全力を以て負傷者の救護に当たらせるんだ。せっかく勝ったのに、これ以上の死者を出す訳にはいかない。まだ休息の時は来ていないぞ!」


 ローゼンベルク司令官は最後の命令を出した。


「はっ! 直ちに全軍に通達します!」


 その後、生き残った兵士たちは最後の力を振り絞り、懸命な救護活動に務めた。しかしゲルマニアの医療技術にはまだまだ限界があり、多くの兵士が苦しみながら死んでいってしまったのだった。


 〇




 ACU2311 2/21 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「それでは、先のポドラス会戦について、ご報告します」

「ああ。聞かせてくれ」


 ローゼンベルク司令官はヒンケル総統に直に報告すべく、はるばる帝都までやってきた。


「我が軍は、多大な損害を出しながらもダキア軍の侵攻軍を撃退、帝国の国境を防衛することに成功致しました」

「うむ。それで?」


 そんなことは分かっている。ヒンケル総統が聞きたいのはそんなことではない。


 ローゼンベルク司令官は、悲壮な面持ちを浮かべながら答える。


「最終的に、10,182名の将兵が戦死し、後遺症が残る程の戦傷は、1,148名に及びます……」


 戦死者に対して重傷者が少なくなっているのは、重傷者の大半がもう死んでいるからである。


「そう、か……5人に1人は、帰ってこれなかったという訳だな」

「はい。帝国建国以来でも未曽有の損害を出したことについては、どのような処罰でも甘んじて受ける覚悟であります」


 一日で一万人の死者を出したことは以前にもあったが、それは分母が3倍以上大きかった。それと比べれば損害の割合というのは圧倒的に大きいと言わざるを得ない。


「何、ローゼンベルク司令官を処罰するつもりなどさらさらない。ここまで不利な状況でも勝利を掴んだだのだ。寧ろ最高の栄誉を以て、私は迎えるぞ」

「――はっ。総統の寛容なお心には、感謝の言葉もございません!」


 こういうことがあると次の東部方面軍総司令官の座を狙って軍内部で不穏な動きが出てくるものだが、ヒンケル総統はそれに予め釘を刺した。総統がそう宣言したからには、この国では誰も逆らえない。例え軍人であろうとも。


 その時顔をしかめたある将軍を、親衛隊のカルテンブルンナー全国指導者は笑顔で睨みつけた。親衛隊の権勢にはたとえ軍の高官であろうと逆らえないのだ。


「戦死者は二階級特進。遺族には年金を与え、生活に困らないようにせよ」

「はっ。こちらで手配しておきます」


 ゲルマニア軍人の中では圧倒的に普通で心優しそうな男、エーミール・レオンハルト・フォン・フリック南部方面軍総司令官は応えた。南部方面軍は暇であり、こういう業務を東部方面軍と西部方面軍から請け負っているのだ。


「さて、気になるのはやはり、戦車がいかなる効果を示したか、だ。ローゼンベルク司令官、どう思う?」


 今回の勝利に戦車がいかに貢献したのか、ヒンケル総統はそれを知りたがっていた。この報告次第で戦車を量産するか否かが決まる訳である。


「私としては、戦車は圧倒的な力を示したと考えています」

「ふむ」

「敵の本陣から兵を引き剥がしたとは言え、そこにはなおも3,000の兵が残っておりました。それをたった1,000の部隊で潰走させたというのは、まさに圧倒的な戦果を残したと言えるでしょう」


 この局所的な戦闘についていえば、ダキア軍の魔導兵の方が3倍の兵力を有していたにも拘わらず、ゲルマニア軍は100人未満の損害で勝利を掴んだのである。これもまた戦史に残る大事件だ。


「では、実際に現場指揮をしていたシグルズとしてはどう思う?」

「はい。今回は残念ながら、戦車の性能を実証できたとは言えないと考えます」

「ほう?」


 シグルズは今回の会戦をよいものとは思っていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る