戦車大隊Ⅳ

 戦車大隊はダキア軍の防衛線を完全に突破。柵や軍旗や塀を破壊しつつ、戦車は陣地の奥深くへと侵入した。


「まずは、敵の魔導通信機を回収せよ」

「はっ」


 歩兵隊は敵の司令部があった天幕に入っていく。中には誰もいなかったが、大量の魔導通信機がそのまま放置されていた。それらを全て回収する。


 そして次の手である。


「全車、焼夷弾発射!」


 まずは粘性を増した燃料を詰め込んだ砲弾をばら撒く。それらはたちまち燃焼し、本陣にあった天幕などを燃やし尽くしていく。と同時に、はるか遠くからでも分かる程に派手な黒煙が上がった。


「これならば、誰にでも分かりやすいでしょうね」

「ああ。計画通りに機能している」


 本陣が落ちたということを敵味方に知らしめなければならない。そんな工作の為だけに、性能のいい焼夷弾をライラ所長に開発してもらったのである。


 これでダキア軍も動揺してくれるだろう。


「では次に、ヴェロニカの出番だ」

「はい。任されました!」


 鹵獲した魔導通信機は当然、今でも最前線のダキア軍に繋がっている。今やダキア軍の指揮系統をゲルマニア軍が分捕った形となっているのだ。


 さて、そんな素晴らしい状況で何をするのか。


「ああ、全軍に通達! 本陣が陥落し、ピョートル大公が逃げた! ピョートル大公が逃げたぞ!」


 ヴェロニカは危機感を上手いこと醸し出しながら、ダキア軍にそんな通信を飛ばしまくった。なかなかの迫真の演技である。


「いい感じだ、ヴェロニカ」

「あ、ありがとうございます……」

「その調子でダキア軍を混乱させるんだ」

「はっ!」


 ヴェロニカの潜在的な魔導適性は凄まじい。その声は、前線にある全ての魔導通信機にしっかりと届いていた。


 ○


 ACU2311 2/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原


「こ、公爵様、あれは……」

「ああ……本陣が、燃えているな……」


 最前線のホルムガルド公アレクセイも、ダキア軍前線司令部が炎上しているのをはっきりと確認することが出来た。


「まさか……奴らがここまで頑強に耐えていたのは、本陣の守備隊を引き付ける為か……」


 アレクセイは今になってやっと気づいた。ゲルマニア軍は最初から、防御が手薄になった本陣を叩くことを目的としていたのだ。


 今アレクセイが戦っている戦場は、ゲルマニア軍にとってはついででしかなかった。


「ど、どうされますか?」

「最早どうしようもない。手遅れだ。司令部に指示を請え!」

「し、しかし、ハバーロフ大元帥閣下が捕らえられてとの情報もありますし……」

「本陣がなくなっても、大公殿下は生きておられる筈だ。ただちに通信を試せ」

「はっ!」


 しかしその時、こちらから通信を試みるまでもなく、向こうから通信が入った。が、それは思ったような内容ではなかった。


『全軍に通達! 本陣が陥落し、ピョートル大公が逃げた! ピョートル大公が逃げたぞ!』

「ほ、本当か!」

『もう指揮機能は残っていない! 大義は失われた!』

「こ、これは……」


 恐らくは生き残った魔導通信兵からの悲痛な叫び。既にピョートル大公は逃亡し、司令部の機能は失われている、らしい。


「ここで戦ったところで……」

「クッ……」


 最高司令官が敗走した。それでもなお最前線の兵士が戦い続ける意味はあるのか。答えは、否である。ダキア軍は愛国心で纏まっている軍隊ではない。彼らにとっては大公に見捨てられてまで戦い続ける義理もないのだ。


「最早大義は失われた! これ以上の戦闘は無意味である! 全軍、ただちに撤退せよ!」

「ただちに全軍に通達します!」


 アレクセイの率いるおよそ一万の部隊は、全速で撤退を始めた。ゲルマニア軍はまるで示し合わせたかのように攻撃の手を緩め、ダキア軍は苦も無く撤退することが出来た。


 ゲルマニア軍もまた、これ以上戦う意味を持たなかったのである。


「一先ずは、終わったな……」


 ホルムガルド公アレクセイは、派手にため息を吐いた。


「はい……」

「我が軍の損害は、どれほどだ?」

「我々だけですと、死者がおおよそ2,500。負傷者は数知れず……他の部隊については、目下調査中です」


 司令部が壊滅したことで、司令部の守備隊は右翼の部隊との連絡はまるでつかない。が、おおよそこちらと同じくらいの損害は出ていることだろう。


「向こうも同じ損害を出しているとすれば、全軍の損害はおよそ6,500……我が国の魔導兵のおよそ1割が、たったの1日で死んだ訳か……」

「しかし、人が死んでも魔導装甲や魔導弩の供給は止まらないのでは?」


 ダキア軍は国家として40万人以上の兵士を動員する能力を持っている。魔導兵の数がおよそ8万人に限られているのは、単にエスペラニウムが足りないからである。


 よって、魔導兵がいくら死んだところで、別の者にエスペラニウムを与えればいい話ではある。


「――そういう問題じゃないだろ」

「し、失礼しました」


 アレクセイはただただ溜息を吐くことしか出来なかった。


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