戦車大隊Ⅲ
「これは……ハッチをこじ開けようとしているようですな」
「ああ。見たことある光景だなあ……」
カンカンと鉄に剣を突き立てる不気味な音が響き渡る。以前に装甲列車に対してやられた手だ。しかし、装甲列車よりの薄いはずの戦車の装甲でも貫かれていないということは、工兵隊の類は同伴していないようだ。
「しかし、いずれは貫かれるでしょう」
「どうしようかなあ……」
「ど、どうするんですか?」
ヴェロニカだけが正常に怯えていて、シグルズとナウマン医長は観劇でもしているかのようにのんびりとしていた。ヴェロニカにはこの二人が何を考えているのか全く分からず、ただただ困惑するばかりである。
「車内に入られると、ものが飛び散る恐れがありますね」
「そうだな。だったら、こちらから打って出ようか」
「え、ええ……?」
シグルズは手元に魔法で速射銃を作り出した。機関短銃と同じかそれ以上の射速を持ちながら、小銃と同じ弾丸を扱う銃。小型化した機関銃とも言えるそれを、シグルズは片手で軽々と扱える。
「じゃ、行こう」
シグルズはハッチに手を伸ばし、勢いよくこじ開けた。一気に空の光が車内に入る。
そこにはダキア兵が立っていて、いきなり開け放たれたハッチに一瞬だけ固まる。そしてシグルズと魔導兵は目が合った。
「あ、どうも」
「な……」
「ではさようなら」
シグルズは速射銃の引き金を容赦なく引き、兵士に重い弾丸を叩きこんだ。たちまち彼の魔導装甲は破れ、腕や脚から血を流し、戦車からずり落ちていった。
しかし、ここは何とかなったからいいものの、他の車両には魔導兵が張り付いており、魔導剣を装甲に打ち付けていた。戦車の死角に入りこまれた形となる。
「シグルズ様! 20号車が無限軌道を切られ走行不能とのこと!」
「やられたな……」
どんなに装甲の厚い戦車でも、足回りの耐久力を上げるのは困難だ。そこを狙うのは、地球でも対戦車戦の常套手段である。
「ど、どうされますか?」
「この為に歩兵がいるんだ。歩兵隊は、接近した敵兵の掃討を始めろ」
「はっ!」
ダキア軍は戦車に目を取られ過ぎて、後ろからついてきている装甲車には意識が向いていないらしい。
シグルズが命じると、およそ1,000の機関短銃を完備した兵士たちが戦車の間に流れ込み、戦車に張り付いた敵兵を次々と撃ち殺していった。それに気づいた敵が反撃を始めれば、戦車の陰に隠れて応戦の機を待つ。
これこそが理想的な戦車と歩兵の連携である。
「おや、あれは……」
「どうした?」
その時、ナウマン医長が何かを見つけた。
「あの格好は……確かダキアの大元帥のものです」
ハバーロフ大元帥が最前線で必死に指揮を執っているのをシグルズは確認した。
「ほうほう……ちょっと、ここは任せたよ」
「はっ」
「え、え?」
シグルズは不敵な笑みを浮かべると、戦車から飛び立った。
そして素早くハバーロフ大元帥の傍へと突っ込んだ。
「き、貴様は!」
「久しぶりですね、ハバーロフ大元帥?」
「殺せ!」
大元帥の周囲で護衛をしていた魔導兵たちが揃って弩を向けた。が、シグルズは全く焦りを見せない。
「壁だ」
シグルズは自身の目の前に鉄の壁を作り、魔導弩からの矢をことごとくはじき返した。そしてすぐさま魔法の蔦を生やし、魔導兵たちの動きを完全に封じた。
ハバーロフ大元帥は護衛を失い、最早シグルズに抗うことは不可能になった。
「さて、大元帥閣下、今回も捕虜になって頂きますよ」
「ぐぬぬ……」
前回の戦争の時もシグルズに同じ手をやられて敗北したのである。雪辱戦の筈だったのに同じことを繰り返すだけな現状に、ハバーロフ大元帥はただただ歯ぎしりすることしか出来なかった。
しかし、前回とは違う点もある。ここには国家元首であるピョートル大公はいないということだ。
「よかろう」
「え?」
あまりにもハバーロフ大元帥の諦めがよくシグルズの方が動転してしまった。
「勝手に捕虜にするがいい。私が捕まったところで、ダキア大公国には何の影響もない」
「じゃ、じゃあ……取り敢えず捕まえさせてもらいます」
「勝手にしろ」
「それと、全軍に降伏を命じてもらいます」
「それもよかろう」
シグルズはハバーロフ大元帥を利用してダキア軍を降伏させようと試みた。
しかし、彼の言っていることは本当で、彼がいくらダキア軍に降伏を命じたところで何も起こらなかった。どうやら自分の命令は無視するように予め命令していたらしい。狡猾なことだ。
そしてハバーロフ大元帥は後方の装甲車に護送され、ゲルマニアの捕虜となった。シグルズは戦車に戻った。
「ハバーロフ大元帥を捕えても、意味はなかったようですね」
「その通りだ」
何も聞かずとも、ナウマン医長は何があったのか即座に察した。
「では、どうされますか?」
「計画通りだ。焼夷弾と通信機を用意しろ。ヴェロニカ、全軍に連絡だ」
「はっ!」
ハバーロフ大元帥を捕まえるのは最初から想定されていない。故に彼を利用する作戦が失敗したとして、作戦に特別問題はないのである。
ダキア軍本陣の守備隊を壊滅させ、ゲルマニア軍はいよいよ最後の仕上げにかかった。
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