戦車大隊Ⅱ

「撃てっ! 攻撃の手を緩めるな!」


 ダキア軍は、迫りくる戦車の前に魔導弩での攻撃を続けた。しかしその攻撃は全く効果を示さず、地面には大量の矢が積み重なっていく。


 そして、更に悪いことには、戦車に装備された機関銃が火を噴き始めた。兵士たちは何の抵抗も出来ず、一方的に虐殺されていく。


「か、閣下! お下がりください!」


 誰かがハバーロフ大元帥に呼びかけた。機関銃の砲火の中にハバーロフ大元帥は晒され、いつ脳天をぶち抜かれてもおかしくはない状況だ。


「ならん! ここで私が退く訳にはいかんのだ!」

「し、しかし……」

「何としてもこの本陣を守り抜くのだ! 退いてはならん!」


 ハバーロフ大元帥は魔導装甲を頭と胸に付けただけの軽装甲である。心臓や脳は守れても、腕や脚の血管を打ち抜かれれば簡単に死んでしまうだろう。


 だが大元帥は一歩も退かない。ピョートル大公にゲルマニア軍が指一本でも触れることは断じて許されないのである。


 が、彼が一歩も退かなかったところで、何かが起こる訳ではない。


「む、無理だ! 逃げろ!」


 そう誰かが叫んだのが始まりであった。


「そうだ! 勝てっこねえ!」

「逃げろ!!」


 平均的ダキア兵の身長の倍を優に超える鉄の塊。自動車すら見たことのない彼らがそんなものを目の前にして冷静でいられる訳がなかった。


 最前線から兵士が次々と逃げ出し、それに釣られて次々と兵士が逃げ出していく。


「ちょ、お前たち、逃げるな!」

「閣下! 閣下もお逃げください!」

「馬鹿を言え! 我らの後ろには大公殿下がいるのだぞ! ……引くな!」


 進言した兵士に、ハバーロフ大元帥は弩を向けた。


「か、閣下……?」

「我が軍は一歩も退かぬ! 逃げる者は撃ち殺せ!」

「――りょ、了解!」


 ○


 後方でまた秩序を保っていた部隊。彼らは弩を敗走する友軍に向けた。


「な、何をするんだ!」

「逃げる者は殺せとの命令だ! 戦え!」

「む、無理だあんなの! わか――」


 その時、一本の矢が兵士の頭を打ちぬいた。ばたんと死体が倒れ、逃げてきた兵士たちは恐れおののく。


「な、何を……」

「戦えと言っている! 前線に戻れ!」

「ひっ……」

「進んでもどうせ死ぬんだ! だったらこいつらを殺せ!」

「何だ貴様!」

「貴様こそ、死ね!」

「な――」


 今度は逃げてきた側が食い止めようとする側を殺した。それが始まりだった。


「殺せ!」


 ダキア軍は完全に二つに分かれ、醜い殺し合いを始めた。ゲルマニア軍など関係なく矢弾が飛び交い、剣戟の音が響き渡る。


 そこにはダキアを守ろうとする意思などなく、誰もが生き残ることに必死になっていた。秩序は完全に崩壊したが、そんなことにはお構いなく、ゲルマニア軍の戦車は全てを蹂躙していた。



 ○


「閣下! 最早、秩序は崩壊しました!」

「な、何だ、これは…………」


 ハバーロフ大元帥は、崩壊した軍隊をただ茫然と見つめていた。彼にはどうすることも出来ず、本陣は完全に抵抗する力を失った。


「殿下はどうしている!? ここから離れられたのか!?」

「ま、まだのようです……」


 ピョートル大公は自分だけが逃げるのをよしとせず、本陣の将軍たちを先に逃げすように指示していた。だが、それがかえって前線のハバーロフ大元帥たちを苦しめるのだ。


「何としても時間を稼がねば……」

「ど、どうされます……?」

「つ、突っ込むぞ! あの鉄の車を破壊する!」

「はっ!」


 ハバーロフ大元帥に付き従ってまだ形を保っているおよそ500の兵士。彼らもまたやけくそになって、戦車への突撃を始めた。そして意外にもそれは有効な戦術であったのだ。


 ○


「よし! このまま押しつぶせ!」


 戦車に乗ったシグルズは上機嫌であった。戦車とほんの少し交戦しただけでダキア軍は瓦解し、本陣の中に苦も無く侵入てきている。


『最早、ダキア軍が勝手に減っていくようだな』


 オーレンドルフ幕僚長からの通信が入った。別の車両に乗った彼女も余裕そうである。


「そうだな。歩兵を動かすまでもない」


 本来は戦車の死角を歩兵が補いながら敵陣に斬り込む予定だったのだが、そんなことをするまでもなくダキア軍は瓦解してくれた。歩兵たちは未だ一発の銃弾も使っていない。


 が、その時だった。


「シグルズ様! 多数の魔導反応が接近しています!」


 ヴェロニカの警告。見ると、数百人の魔導兵たちが、殺し合っている魔導兵を押しのけて突撃して来ている。


「やけくそか……全力で迎撃せよ!」


 ただちに主砲が魔導兵の群れと撃ち、兵士を次々と吹き飛ばし、同時に、生き残った兵士を機関銃が掃討していく。その間ゲルマニア軍の損害は全くのゼロだ。


「よし。これで――」

「そう簡単にはいかないようですな」


 ナウマン医長はどこか楽し気に。


「何?」

「彼らは損害など気にしていないようです」


 普通は負傷者を後方に連れて帰るものだが、それすらも放棄し、ダキア兵は突撃してきた。


「全軍、食い止めるんだ!」

「これでもダメなようで――」

「っ、何だ?」


 その時、シグルズの頭上からかんかんと金属を叩く音がした。


「おやおや、これは」

「まさか、乗り込まれたのか?」

「し、シグルズ様……」


 不気味なきが車内に響き渡った。

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