戦車大隊

「よし。戦車大隊、前進せよ!」


 戦車30両に加え、100両ほどの装甲車を配備された新鋭の部隊。それが第88師団の一部として編制された、この戦車大隊である。人数はおよそ1,500人。シグルズとしては戦車と装甲車を増産し、いずれは戦車師団を作りたい所ではあるが。


 が、敵と交戦するどころか味方の陣地の中で問題は発生する。


「シグルズ様! 8号車が故障し、修理は困難とのことです!」

「やはり、そうなるか……」


 百パッススも走らないうちに戦車が一台戦線を離脱した。まあこのくらいは想定内。新兵器が100パーセントの稼働率を見せてくれることなどはなから期待していない。


 そうシグルズは思っていたのだが……


「15、17号車も戦線を離脱しました!」

「何だって……」


 後ろを見ると煙を上げて2両の戦車が立ち往生し、隊列を乱してる。


 シグルズは暫し頭が働かなかった。これまでに離脱したのは3両で少なく見えるが、それは全体の10分の1に上るのである。


「ライラ所長もお手上げって?」

「は、はい……部品が根本的にぶっ壊れたとのことで……」


 ライラ所長も物理的に飛び回って戦車を診ているが、それでもお手上げらしい。


「仕方ない……このまま進むぞ!」

「はいっ!」


 数両が使用不能になったところで退く訳にはいかない。シグルズは作戦を続行するよう命じた。結局ゲルマニア軍の陣地を出るだけで5両の戦車が使い物にならなくなってしまったが、それでも進む。


「こ、このままで大丈夫なのでしょうか……」


 ヴェロニカは思わず不安そうに呟いた。


「大丈夫。大抵の戦車が使えなくなることは想定内だから……」


 実際、戦車が初めて実戦投入されたソンムの戦いでは、用意された49両の戦車のうちたったの5両しか実戦に参加できなかった。それを比べればまだマシだとも言えなくはない。


「機は今しかないんだ。敵の本陣が手薄になっている今しか」


 この体たらくであるが、残った戦車大隊およそ1,000名は、3,000の敵本陣に向けて突撃を開始した。普通に考えれば自殺でしかないこの攻撃。全てはこの戦車にかかっている。


 ○


「あれは……何だ?」

「分からん……」


 ダキア軍前線司令部を守る本隊3,000。その最前線の見張りたちは、何かが自分たちに迫りくるのを確かに見た。灰色をした巨大な何かが、徐々に大きくなっていく。


「こ、こっちに来てるよな……?」

「あ、ああ……そう見えるが――」


 その時、ゲルマニア軍の重砲と似た重々しく響く爆音がした。しかも迫りくる影が一瞬だけ光ったように見えた。


「ま、まさか……」


 すぐさま砲弾が風を切る、特有の音がした。


「退避! 退避だっ! 逃げろっ!」


 音の正体は勘違いではなく砲弾であった。誰かがそれに気づき、叫ぶ。と同時に、蜘蛛の子を散らしたように兵士たちが逃げ惑い、すぐさまその場所に榴弾が着弾した。


 榴弾は炸裂し、逃げ遅れた幾人かの魔導兵を吹き飛ばす。運が悪かった数人は爆風で内臓を損傷して死亡し、数十人が少なからず傷を負った。


「ど、どうなってるんだ……?」

「奴ら、ここまで届く大砲を作ったのか?」


 ゲルマニア軍の大砲の射程は割かし知られている。だからこそ、向こうの陣地から砲弾が届くことがないと思われていた。


「いや、あれだ……」

「あれは、一体……」


 徐々に影の姿がはっきり見えてきた。それは巨大な鉄の塊で、人が簡単に入るような大きさの鉄の箱を二つ積み重ねたような見た目をし、その上の方には大砲が設置されていた。恐らくはそれが撃って来たのだろう。


 つまりは移動式の砲台ということになるのだろうが――


「だ、だが、あんなものをどうやって動かしているんだ……?」

「分からん……分かる訳ないだろ……」

「と、取り敢えず、すぐに司令部の報告しろ!」

「はっ!」


 ただちに伝令が司令部へと向かった。


 ○


「何? ここにゲルマニア軍が向かっているだと?」


 ハバーロフ大元帥にっとってそれは予想外であった。しかし、狼狽するようなことはない。


「ついに万策尽きて自殺攻撃に走ったようだな。適当に撃退せよ」


 ハバーロフ大元帥は負けをどうしても認めたくない狂人の自殺だと判断した。が、伝令の方はそんな様子ではない。


「どうしたんだ?」

「そ、それが……敵は巨大な鉄の馬車を操っているようで……」

「鉄の馬車?」


 ピョートル大公はその奇怪なものに興味を持った。同時に、ゲルマニア軍がどうやら正気であるらしいというのも分かった。


「それで、その鉄の馬車とやらは、どのようなものであるのだ?」


 ハバーロフ大元帥は伝令を問い詰める。が、伝令も遠くから見ただけで、それがどういうものかは分からなかった。


「――分かった。私が直に指揮を執る。殿下はここで、くつろいでいて下さい」

「あ、ああ」


 ハバーロフ大元帥もそれなりのものを感じた。そして天幕から出て、数十年ぶりの前線へと足を運ぶ。そこで彼が見たのは、想像を絶する光景であった。


「あれを止めろっ! 撃てっ!」


 という悲痛な叫び。ダキア兵たちは必死で魔導弩を連発し、「それ」と戦っていた。


 確かに巨大な鉄の箱である。その上部には大砲が付き、各部に機関銃が取り付けられている。それらの兵器は魔導兵すら簡単に圧倒し、おまけにその鉄板は魔導弩すら通さなかった。


「な、何だあれは……」

「分かりません! ですが、弩でも全く効きません!」

「何と……」


 たったの15台くらいしか「それ」はない。が、ゆっくりと迫りくるそれに、3,000の魔導兵は全く太刀打ちできないでいたのだ。

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