反撃開始
「撃ち続けろ! 一人としてここを通すな!」
オステルマン師団長は部隊を激励して走り回っている。対空機関砲を対地用に転用するという戦術は、取り敢えずダキア軍の意表を突くことが出来た。
しかしそれは、対空機関砲が本来の役割を放棄しているということ。
「うん? どうした!?」
突如としてオステルマン師団長の近くで火を噴いていた対空機関砲が動きを止めた。
「閣下! 対空機関砲の射手がやられました!」
「クソッたれ……」
当然ながら、ダキア軍にとって大きな脅威である対空機関砲は飛行魔導士隊に優先的に狙われる。何の防御の手立てもないこの状況で、対空機関砲の要員は無残に殺されていた。
「敵が迫ってきています!」
「こっちはもう限界です!」
「閣下!!」
対空機関砲は沈黙し、その隙を突いてダキア兵が寄ってたかってくる。
「誰でもいい! 引き金を引きゃ弾は出る! 対空機関砲を動かせ!」
「「はっ!!」」
なりふり構ってはいられない。前任の射手の死体をおしのけ、兵士たちが次々と対空機関砲の座席につく。だが、その兵士もまたすぐに殺され、また別の兵士が対空機関砲を操る。
そうして対空機関砲の周りにはゲルマニア兵の死体が折り重なっていったが、最早気にしてはおられず、誰もが必死になって引き金を引き続けた。
「閣下、死者がおおよそ三千を超えました!」
「クッソ……」
おおよそ師団の三分の一が戦死。これは全滅と言えるほどの損害だ。普通ならばここで第18師団は完全に撤退し、他の師団と交代すべきである。が、残念なことに交代できる師団はいない。
よって第18師団は最後の一兵となっても戦い続けねばならない。
「やはり、この兵力差で敵を引き付けるというのは……」
ヴェッセル幕僚長は苦虫を嚙み潰したような顔をして呟いた。
「そろそろ、潮時か……」
流石のオステルマン師団長も、ここから長くはもたないと判断した。
「ローゼンベルク司令官に伝えますか?」
「そうだな。ここらでシグルズにも動いてもらうとするか。司令部に通信だ」
そろそろ決着を付ける時が来たようだ。
○
ACU2311 2/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原 ダキア大公国軍前線司令部
一方その頃ダキア軍司令部では。
「殿下、敵は対空機関砲を用い、友軍に多大な損害が出ております」
ハバーロフ大元帥はピョートル大公に戦況を報告する。
「損害とは、具体的には?」
「全軍で、およそ二千の死者が出ております」
「二千か……大きいな……」
これは死者の数であって、負傷者はその倍ほどに上る。部隊は瓦解し、最早戦争の体をなしていない。それはダキア軍もゲルマニア軍も同じであった。
「殿下、現在、本隊として無傷の一万が万全を期して備えております。これを前線に投じれば、現在の均衡を崩せるでしょう」
「ふむ……」
ゲルマニア軍もダキア軍もどちらも秩序を失っているから戦線は膠着している。そこに秩序だった部隊をぶつければ、ゲルマニア軍とて簡単に瓦解するに違いない。
この為に残してきた戦力でもあるのだ。ハバーロフ大元帥はこの戦力を投じるべきか否かをピョートル大公に尋ねた。
「よかろう。ここで兵士を遊ばせている暇はない。全力を以て、ゲルマニア軍を撃滅するのだ」
「はっ!」
ダキア軍は戦術的に残していた予備兵力を解き放った。が、それはゲルマニア軍も同じことであった。
○
ACU2311 2/17 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原 ゲルマニア軍前線司令部
「閣下! 敵が本陣から兵を出しました!」
ローゼンベルク司令官のもとに斥候からの報告が届いた。ダキア軍が開戦から一歩も動かさずに取り置いていたおよそ一万の魔導兵。その半分以上が前線に向かって動き出したのだ。
「よし! これを待っていた! だろう、シグルズ君?」
ローゼンベルク司令官は大げさに声を上げた。
「はい。これが唯一の勝機です」
全てはこの為であった。前線で多くの兵士が命を落としながらもゲルマニア軍が時間を稼ぎ続けていたのは、全てダキア軍のこの行動を誘発する為である。
「ではシグルズ君、作戦を始めようか」
「はい。既に準備は整っております。では、失礼」
「ああ。任せたぞ」
シグルズは司令部を去り、第88師団のもとへ向かう。
○
「師団長殿、準備は出来ているぞ」
第88師団のグレーテル・ヨスト・フォン・オーレンドルフ幕僚長はシグルズを迎えた
「流石だな。では早速、始めようか」
「ああ。では全車、エンジンをかけよ!」
第88師団に配備された、32両の戦車。今こそ戦車を投入すべき時である。
銃声に負けるとも劣らないけたたましいエンジン音を立て、戦車はゆっくりと走り出した。
「よし。ナウマン医長、問題はないか?」
シグルズは操縦席のナウマン医長に問いかけた。医長のくせして機関車も自動車も戦車も操縦する訳の分からない男である。
「ええ、問題はありません」
「了解だ。ヴェロニカの方は?」
「こっちも問題ありません。油圧計は便利ですね……」
「ライラ所長には感謝しないと……」
ついに高精度の油圧機構を作れなかったゲルマニアはこぼれる油を魔法で補充し続けるという荒業を大真面目に実現している。
初期型では戦車の振動で油が漏れているのか判断していたが、油圧計を増設したことで、過不足なく燃料補充が出来るようになったのだ。
というようなちょっとした改造を施したⅠ号戦車は今日、初実戦に参加するのであった。
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