撤退戦Ⅱ

「ああ……師団長閣下……」


 地上を任されたヴェッセル幕僚長はがっくりと肩を落とした。師団長は敵の首魁との決闘に熱が入って、本来の目的である飛行魔導士隊を妨害することをすっかり忘れてしまっている。


 結果、地上は敵からの容赦ない攻撃にさらされる羽目になる訳だ。


「幕僚長殿! このまま対空戦闘を続けますか!?」

「それもどうするべきか……」


 対空機関砲は先程から全く意味を為していない。いっそ対空を捨てるという手もなくはないが――


「だが、一応はある程度の魔女を拘束することは出来ている……」

「ば、幕僚長……」


 弾丸を逸らしている金属の魔女たちについては、他の行動が出来ないように拘束出来てはいる。対空機関砲で対空戦闘をすることに、それなりの意味はある訳だ。


 ――いや、それでは割に合わないな。


「どうされますか!?」

「対空は捨てる! 全対空機関砲は、射角をゼロにして待機!」

「はっ!!」


 だがその選択は痛みを伴うものである。敵の飛行魔導士隊が一切の妨害を受けずに空を闊歩するのだから。


「空からの攻撃です! 来ます!」

「今は耐えるんだ! 持ち場を死守せよ!」


 ヒューヒューと風を切る音がして、次々と火の玉や土や鉄の塊が落ちてくる。柵など当然何の意味もなく、兵士たちは焼かれ砕かれ、次々と倒れていった。


 ダキア兵からの弩により攻撃と、空からの攻撃。最前線の兵士は次々と戦闘不能になり、防衛線には穴が開いていく。ダキア軍は調子づいて勢いを増し、すぐさま柵の目の前まで接近してきた。


「計画通り、第一、第二大隊を殿として撤退! 下がれ!」


 先程と同じように機関短銃を持った部隊が敵を足止めする間に、師団は後退していく。空からは撃たれるに任せる状態という悪条件ながら、第18師団はよく撤退をやり遂げた。


 しかし、この時点で相当な損耗が生じていた。


「現在の損耗率は?」

「現在、師団の約15パーセントが戦闘不能になっています……」

「厳しいな……」


 一般に、部隊の3分の1が戦闘不能になった時点でその部隊は全滅と判断される。1人の負傷者を運ぶのに2人が必要だからである。第18師団の現状は、それにかなり近づきつつあった。


「このままでは……」

「ああ……師団長殿も戻ってこないし……どうしたものか……」


 ヴェッセル幕僚長は――というか幕僚というのは、最終的な選択をする人間ではない。選択をするのはあくまで司令官で、その判断材料を提供するのが幕僚である。故に部隊を直接指揮するのは苦手である。


 が、こんな状況で甘えたことを言ってはいられない。選択をせねばならない。


「こんな状況で防衛を続けたところで、損害が増えるだけだ……となれば……」

「ば、幕僚長殿?」

「全軍、第三、第四防衛線を放棄! 最終防衛線まで後退する!」

「幕僚長殿!?」


 第18師団の役目は時間を稼ぐこと。その根本的な目的に反するような行動を、ヴェッセル幕僚長は採ろうとしていた。


「ほ、本気ですか!?」

「ああ、本気だ。それに、我が軍の本来の目的は時間を稼ぐことではない」

「そ、それはそうですが……」

「分かったら早く後退だ!」

「はっ!」


 その後、まだまだ余裕があるにも拘らず、ゲルマニア軍は殆ど抵抗を示さずに後退を始めた。


 ○


 そんなゲルマニア軍と相対しているダキア軍を率いているのは、ホルムガルド公アレクセイである。両腕を負傷しながらも彼は全く引かず、最前線で部隊の指揮を執っていた。


「公爵様、敵は……撤退しているようです」

「ここで撤退か……それは妙だ」

「ついに抵抗する気を失ったのでは……」

「いや、そんな感じはなかった」


 ダキア軍からすると、ゲルマニア軍は訳の分からないタイミングで防衛線を放棄し始めた。まだまだ防衛線を維持することは可能なのに。


 アレクセイはそれを訝しむ。前回は近距離まで誘い込まれた上で大損害を受けたからだ。


「どうされますか?」

「ここで一旦、敵の出方を待つ。全軍、陣形を整えよ」

「はっ」


 アレクセイは誘い込まれている気しかしなかった。よって深追いは許さず。乱れ切った陣形の立て直しと休息を命じた。


「味方の損害はどうだ?」

「現在、死者が500、負傷者1,000ほどです」

「全体の10分の1か……」


 同数で戦い、防衛線に攻め込む側でありながら、死傷者の数はゲルマニア軍の半分。


 一般的に考えれば依然として魔導兵の力は圧倒的だと言えるが、かつては10対1でも勝てるとされてきたことを考えると、ゲルマニア軍の銃器の発達には驚かされるばかりである。


「やはり休息は必要だな。兵はしっかりと休ませるんだ」

「はっ」


 両軍の間には誰もいない二重の柵だけがあり、暫しの休息を取ることが出来た。そうしておよそ1時間。


 ゲルマニア軍は最後の柵の後ろに堅牢な陣地を構え、ダキア軍は最後の一撃を加えるべく、矢印型の陣形を整えた。両軍とも、この一戦で全てが決すると理解していた。


 ゲルマニアが守り切るか、ダキアが突破するか。その二択である。


「全軍!」


 アレクセイは馬上にて指揮刀を抜き、ゲルマニア軍にその切っ先を向けた。


「突撃!」

「「「おう!!!」」」


 ここに、最後の決戦の火蓋が切られた。

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